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16.幽囚-2

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「なんだ、あれは?」

 馬車と騎士たちがどこかの家の高い塀の角を曲がったところで、誰かが声を上げた。
 曲がった先の道に、行く手を塞ぐように馬へ跨った者たちが五名ほど並んでいた。
 御者は慌てて馬車を止める。突然馬車が停止したため、ヴィオラも窓を開けて顔を出し、前方へ目を向けた。

 立ち塞がる騎馬の中から一人、ランプを顔の高さに掲げながら、馬を前へ進めてくる。目立たない黒っぽい外套を纏っている不審な身なりの男。外套の隙間から、剣の柄らしきものが見えた。
 騎士たちは反射的に腰へ下げた剣へ手をかけたが、ヴィオラの声がそれを制した。

「落ち着きなさい。近衛隊です」

 近衛隊とは国王直轄の、主にその身辺警護を担う兵士たちのことだ。ヴィオラの見知った顔だったのだろう。彼女の落ち着いた指示に、騎士たちはいつでも抜けるようにしていた構えを解く。

 前へ出てきたその一人の顔が、馬車の前方に下げたランプの光が届く距離まで近付く。それは騎士にも覚えがある男だった。
 元々騎士は王城で見習いをしていたのだが、縁あって公爵家に雇われた。この進み出てきた近衛兵は、見習い時代の同期であった。向こうも気がついたのか、少し目を?った。
 近衛兵という身分と、知り合いであるという気安さに、騎士はふっと肩の力を抜いた。なぜ一行が、誰も正式な近衛隊の制服を身につけていないのか。その疑問を看過してしまうほどに。

「ベラーネク伯爵夫人、突然のご無礼をお許しください」

 近衛兵は馬車の隣で馬の歩みを止めると、地面へ降り立ち、ヴィオラが顔を出す窓の傍まで行って謝罪した。

「この周辺で強盗がありまして、わけあって我々で調査をしているのです。この近辺を通る馬車は全て中を調べております。一旦下りて頂けますか?」

 その頼みに、公爵家の騎士たちはあからさまに気色ばんだ。御者台に居るため見えないが、伯爵家の者たちも同様だろう。
 顔も知っていて、明確にベラーネク伯爵夫人の馬車だと認識している。その上で、馬車の中を調べさせろとは、彼女に強盗の疑いをかけているも同然だ。
 騎士たちは各々馬から降りて、取り囲むようにぞろぞろと近衛兵の周りへ集まった。

「それはあまりにも――」
「構いません」
「お嬢様!」

 気分を害した様子もなく即座に同意したヴィオラに、騎士は思わす声を上げてしまった。
 だがヴィオラはそれを静かな眼差しで窘める。

「ここで調べて頂いて、潔白を証明して去った方がお互いのためです。それに彼らは近衛隊です。分かりますね?」
「……申し訳ございません。出すぎた真似を致しました」

 ヴィオラの言葉に全員が冷静になった。
 疑いをかけられる不名誉は、憤慨するのではなく怪しいものはないと調べさせて晴らす方が得策だ。そして何より、近衛隊は国王の指示でしか動かない。この調査は王の命令だ。近衛兵への強い抵抗は、王命に背くことになりかねない。

「すぐに降ります。お待ちください」
「ご協力に感謝いたします」

 頭を引っ込めたヴィオラが、馬車の扉の内鍵を外す。それを受けて、近衛兵が外から扉を開けた。

「お手をどうぞ」

 車高があるので通常乗り降りには踏み台を用意するが、ヴィオラは構わず自力で降りようとした。その前に近衛兵が手を差し出す。

「ありがとうございます」
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