【R-18】【完結】何事も初回は悪い

雲走もそそ

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14.酩酊-1

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 夢の中のような、ふわふわとした現実味のない、温かくて心地よい感覚。そこで見る思い出は、どれも美しく、そして柔らかく輝いていた。

 大国に接した小国群の一つ。一歩間違えば国民を危険にさらす情勢の中、イザークは父王からそれらを引き継ぐ覚悟を持って、王太子として成長してきた。
 しかしいくら覚悟があろうと、十代で王となるには若すぎた。
 ヴィオラはイザークを全力で支え、彼は毅然として国を導いた。それでも力及ばぬこともある。言葉にして苦悩を吐き出したことはなかったが、イザークが王としての重圧に疲れ、時折まだその責任のなかった昔を懐かしんでいると、ヴィオラはよくわかっていた。

 ヴィオラが部下ではなく、対等な妻であったら、その辛さを分かち合うことはできたのだろうか。
 仲睦まじい王妃にも弱みを見せないというのだから、きっとそんなことはあり得ない。職務において直接役立てる、秘書官が最も彼のためになる。
 分かっていても、自分でも悲しくなるその望みは、ヴィオラの心の奥底にあり続けた。

「陛下、へいか……。お慕い、しています……。私が、子供を、産めたら……」

 彼と出会う前から実現できないと決まり切っていたのに、なぜこのような願望を捨てられないのか。
 幼いころの病は、ヴィオラから子を生す機能を奪った。体が成長しても、本来あるべき月経すら訪れない。そもそも、健常であったとしても彼の妻になれたとは限らない。そう理解していながらも消えてくれない浅ましい渇望を、奥深くへしまい込んでおくしかやりようがなかった。

 イザークの妻にという卑しく醜いその思いは、普段夢の中ですら顔を出さなかった。ヴィオラの自制心は、それがまだ自分の中にあるとはとても認められず、十代のころに完全に消えたものとしていたからだ。残っているのは、燃え上がりもせず、くすぶり続けるだけの恋心のみだと。

 しかし、この日の夢は、いともたやすく、見たくないものを引きずり出した。

「へいか、イザーク陛下……」

 彼の名を呼べる存在になりたかった。呼ぶことを許されていた王太子時代に戻りたかった。

「あなたの、心を……」

 さらけ出し、分かち合う相手になりなかった。
 どこか壁のある腹心の部下でも、慣習のために年に一度だけ肌を重ねる相手でもなく、その心に寄り添い安らぎをもたらす存在でありたかった。

 こんなどうあっても叶わない思いを、捨ててしまいたかった。
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