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12.始まり-2
しおりを挟む執務室の机の前へ立たせた近衛兵は、表情は変えずに、額に汗をにじませ黙ってイザークの言葉を待っている。秘書官は離席させており、室内には二人きりだ。
「あの日の朝、そなたは私の質問を止めようとしたな」
近衛兵は、僅かに目を瞠る。いつの日の朝か、誰への質問だったのか、明言しなくても、分かっているようだ。それほどに、帰国してもなお、彼の頭の中を占める出来事だったということ。
「仔細報告せよ」
一段低い声で命じても、近衛兵はしばらく黙り込んでいた。
しかしやがて、深い、震えるため息をついた。それは、観念したというよりも、ようやく溜めこんでいたものを吐き出せるという安堵に見えた。
「申し上げます」
イザークと目を合わせて、すぐに耐えきれないというように俯く。
「陛下、あれは……、あれは――」
イザークは、近衛兵の語るあの夜の真実を、ひたすらに黙って聞いた。冷静に聞き入ったのではない。ただ、何も、反応できなかっただけだ。
正気を失い、近衛兵たちの前であることも構わずに、ヴィオラをベッドへ押し倒し、服を裂き、凌辱した。彼女の手首に痣ができるほど手酷く、朝方まで長時間にわたり犯した。それが、イザークのしたこと。
ヴィオラは国のためにそうした。国のために、自分の身を犠牲に。
翌朝の近衛兵の動揺に、納得がいった。イザークは全く記憶がなく、自分が凌辱した相手に対し誰と寝たのか尋ねたのだ。被害者の口から説明させる形になる、ヴィオラの心情を思えば耐えがたい所業である。
「そうであったか……」
イザークは半ば放心しつつ、席を立った。いつも小休止するときにしているように、窓辺から庭園を眺める。だがそれで落ち着くはずもなかった。
最愛の人を凌辱して、それを今まで知らずにいたのだ。
ヴィオラは自分の責務や職務のためであれば、辛さなどおくびにも出さない。だが、傷つかない人間ではない。
幼いころ、ヴィオラの父のルドヴィーク公爵はイザークに、彼女が嘘をつく時の癖を教えた。少しの間目を閉じてから話すことは、大概嘘だと。全ての嘘に当てはまるわけではないと語っていたが、しばらくヴィオラと過ごしてみれば、どういう時にその癖が現れるのか何となくわかってきた。
彼女にその癖が出るのは、自分の辛さを見せて相手に心配をかけないようにつく嘘の場合だった。それ以外の、例えばイザークを悪戯で嵌めようとしている時などの嘘は、癖が出ない。
社交界へ出て、そして秘書官として働くようになって、父から守られずに他人の悪意へ晒されるようになると、ヴィオラは度々傷つけられた。子供の産めない貴族の娘であり、男ばかりの官僚の世界へ飛び込んだ女でもあるからだ。結婚して、十分な地位を確立した今ではそれらの攻撃は止んでいるが、昔は酷いもので、イザークでは十分に守りきれなかった。
心配と自分の不甲斐なさもあって、密かに声をかけに行くと、そういう時に限ってヴィオラは笑うのだ。そして何でもないと、少しの間目を閉じてから答える。
辛いときには、隠してしまうのが彼女だ。
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