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11.犠牲-4
しおりを挟むグィリクスでの宴席の翌朝。客室で目を覚ましたイザークは、頭痛はさておき、寝台の惨状に目を剥いた。
様々な体液が染みて乾いた跡がそこかしこにある。宴席でグィリクス王に薬酒を供されて急いで離脱したことまでは思い出せたが、以降の記憶が全くない。まさか王女に手を付けたというのか。どんな抱き方をすればこうなるのか。
自分が何をしでかしたのかわからない恐怖を抑え、ガウンを羽織ったイザークは部屋の前に立つ近衛兵を呼んだ。
「部屋へ戻る前から記憶がない。私は何をした?」
「はっ、それは……」
近衛兵は苦々しい表情で、どう説明したものかと悩んでいる。
その様子から、自慰で切り抜けられたのではないかという一縷の望みは潰えた。本当にグィリクス王の思惑に嵌まってしまったのかとイザークが戦慄していると、扉を叩く音と、もう一人の近衛兵の声が割って入った。
「陛下。ベラーネク伯爵夫人です」
「入れ」
入室してきたヴィオラに、なぜか室内の近衛兵が動揺している。
「失礼いたします」
礼をとってから進み出たヴィオラは、よく着ている襟の高い暗色のドレスを身にまとっていた。心なしか普段より化粧が華やかに見えるが、それ以外は変わりない。
「おはようございます、陛下。ご気分はいかがでしょうか」
「良くはない。グィリクス王はあのような薬酒を多量に飲んで平然としていたが、にわかには信じがたいな……」
また頭が痛み、イザークは顔を顰めて額を押さえた。
「もしかすると、体質によって症状が異なるのかもしれません。医学の心得がある者を帯同しておりますので、念のため診察をお受けください。後ほどこちらへ出向くよう、先に伝えて参りました」
「助かる。ところでその……、私は……、誰を寝台へ引き込んだ?」
「陛下……! それは――」
泡を食った近衛兵が何か発言しかけたところを、ヴィオラが少し手をあげて制止する。向き直った彼女の眼差しは、まるで何でもないことを告げようとしているかのように冷静だった。
「私がお相手いたしました」
「な……!?」
淡々と答えたヴィオラに、イザークは言葉を失った。
年初の行為以外では、決して触れてはならない女性だ。合意を取ったのか。手荒にしたのではないか。思い出そうにも、何の記憶も残っていない。
「ご安心ください。私の意思です。グィリクスの姫が部屋の前まで来られたようですが、彼らが追い払いました。我が国に瑕疵はなく、弱みも見せておりません」
ヴィオラの落ち着き払った様子は、イザークに誤解を与えた。自身の記憶はなくとも、彼女に手荒な真似はせずに済み、ある程度は自制して相手を頼めたのだと。
まさか、明け方まで凌辱の限りを尽くしたなどとは思いもよらなかった。
「……そうか。すまなかった。伯爵夫人」
「いいえ。それよりも早く身支度をいたしましょう。午前に謁見の予定がございますので」
「ああ」
イザークは、ヴィオラに促されて身支度を整え始めた。
泰然としたヴィオラと、近衛兵たちの動揺の、それぞれの態度の差を気にかけて事実の追求をすべきだった。だがイザークは、最も信頼するヴィオラの反応だけで、重大な問題ではなかったと判断してしまった。
何かがおかしいとわかったのは、外遊から帰国した直後、ヴィオラが休暇を取って伯爵領へ戻ったことがきっかけであった。
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