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11.犠牲-3
しおりを挟むイザークの客室の前を守る近衛兵二人は、グィリクスの姫と兵士たちの一行による、イザーク王を歓待させろという要求を断固として撥ね退け、長時間の押し問答の末にどうにか追い払うことに成功していた。
あちらの兵士と同じくこちらも二名であったことと、部屋の扉が厚く一切の物音を通さず、王はすでに就寝中であるという主張を覆されなかったことで、無理矢理切り抜けられた。
だが、近衛兵には安堵や達成感など全くない。むしろ時間が経つほど、自分たちの選択は正しかったのかという疑念と、部屋の中で起きていることへの見えない恐怖が膨らんでいく。
都合の悪いことに、グィリクスの姫たちとの騒動を他の近衛兵らに見られてしまい、彼らの善意と義務感で、客室の前の警備は増員されてしまった。
王の身に起きたことを知る者を増やすべきか。事情を共有して踏み込めば、もし今も凌辱が続いていたら、そこで止めることができる。もう時間が経ちすぎていてヴィオラが無事でないことは想像がつく。彼女が凌辱されたことを知る者までも、増やしてよいのか。それを彼女は望むのか。
どれが正しいのかと、結局、悩むだけで時間は過ぎていった。
二人の説明通り、イザークはもう休んでいると思っている他の近衛兵が、そろそろ交替しようかと何度か声をかけに来た。その度に、酒を飲んだ所為で逆に目が冴えてしまってまだ眠くないと嘘をつき、断る。
眠気を一切感じていないのは事実だ。ヴィオラを犠牲にしたことを思えば、恐ろしくて、神経が尖るばかりで睡魔がやってこない。
空も白み始める時間になったころ、近衛兵の背後、客室の扉から、微かに物音がした。隣に立つ事情を知るもう一人に目配せすると、彼も聞き届けたようで、小さく頷いた。
「お前たち、眠気が堪えられていないぞ。顔を洗ってくるか、誰かと交替してこい」
「なに? そうでもないが……」
「いいから行ってこい」
後から追加された二人の近衛兵たちを、そうして無理矢理追い払う。
彼らが廊下の角へ消えると、すかさず振り返って客室の扉を叩いた。
「伯爵夫人、ご無事ですか……!?」
すると、扉が薄く開いた。本当に僅かにしか開いていないので、中は見えない。
「私の侍女に、服を持ってきてくれるよう、伝言をお願いできますか……」
ヴィオラの弱々しい声を確かに聞き届けた近衛兵は、すぐそばに割り当てられた彼女の客室へ急いだ。
伯爵夫人のヴィオラが身一つで外遊へ参加するはずはない。一人だけだがベラーネク伯爵家の侍女を帯同している。その侍女には、ヴィオラが彼女の客室へ戻ってこず、どこにもいないと分かってしまう。だからやむを得ず、事前に二人の内片方が抜け出して、訳を話しておいた。
そうして駆けつけた彼女の侍女が扉の隙間から衣服を差し入れると、しばらくしてから、廊下を動ける程度に服装を整えたヴィオラが姿を現した。
簡単に結った髪と、常のヴィオラからは想像もつかない疲労の濃い顔。
「伯爵夫人……、その……」
かける言葉の見つからない近衛兵に、ヴィオラは首を振る。
「よく、私の判断に従ってくださいました。陛下が正気を失っておられたのは、薬酒の所為です。このことは、私たちだけの胸にしまっておきましょう。勿論国へ帰ってからも」
「……承知いたしました」
背を向けて自身の客室へ戻っていくヴィオラの首筋には、複数の鬱血の痕があった。また、袖口からは、腕を強く握られていたような痣が残っていたことも、近衛兵は見過ごさなかった。
あの時ヴィオラを助けていれば、扉を閉めるのが間に合わず、グィリクスの者たちには王が薬に屈服した姿を見られていたことだろう。あまつさえ、王女に客室へ押し入られ、錯乱したイザークの牙へ自らかかりに行かれたかもしれない。
これでよかったはずだ。ヴィオラ自身の覚悟の上の犠牲で、国家の危機は免れた。
しかし近衛兵は、どうしても罪悪感を拭うことができなかった。
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