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10.罠-2
しおりを挟む国王イザークに伴われグィリクス王国を訪問したある近衛兵は、到着した夜の宴席にて筆頭秘書官のヴィオラから、もう一人兵士を連れて廊下で待機しておいて欲しいと指示を受けた。上座での両国の王の会話の雲行きが怪しく、この場を抜け出さなくてはならないかもしれないとのことだった。
周囲を窺いつつ声を掛けてきたヴィオラの様子から、自国の者にすら緊急事態であることを感知されたくないようだった。だから信頼のおけるもう一人の近衛兵には、他の仲間からも目立たないよう声をかけ、少し時間をずらしてそれぞれ廊下へ出た。
するとすぐに、宴会場の脇の方の出入り口から、イザークとヴィオラが静かに姿を見せた。
「ベラーネク伯爵夫人。陛下に何が――」
イザークはめまいでもするのか額を押さえ、足取りが心配な様子で壁に手をついている。酒が回っただけにしては具合が悪そうに見えた。だが王が酒豪であることは周知のことだ。何かおかしい。
「移動しながら説明を。すぐに客室へ戻ります。陛下が動けなくなった場合に備えて、左右から補佐をお願いします」
頷いて、もう一人の近衛兵と共に王の両側に立ち、四人で半ば小走りになりつつ宮殿の廊下を進む。ヴィオラは一度案内されただけの道順を完璧に覚えているようで、迷いなく先導していく。
そして、一棟全部を宿泊棟として割り当てられた建物へ戻ってきた。客人用の滞在施設として建てたらしく、建築様式は慣れ親しんだ自国のものと似ている。
「嵌められました。こうして前後不覚にして王女を送り込み、責任を取らせる方法で各国と縁戚になっていったのです。この後陛下の元へ王女が差し向けられるでしょう。絶対に、客室の中へ通さないようにしてください」
途中で説明されたのは、イザークが催淫効果のある薬酒を飲まされたことに端を発する、国家の危機的状況だった。
オフェリア王妃は北の隣国の王家から嫁いできており、既に王子と王女を産んだことは勿論、重要な同盟国である北の国との友好の証でもある。ないがしろにすることがあってはならない。そこへ無下にできないグィリクスの姫を連れて帰るなど、北の国との関係性の維持のためにも絶対に避けるべきことだ。
イザークとヴィオラは十分に警戒をしていたが、注がれる酒をグィリクス王も飲んでいたために油断した。陶器の酒壷から流れ出る瞬間の液体の色の違いなど、見落としたからといって責められるものではない。
薬酒が回り、イザークは徐々に息が上がっていく。それでもどうにか、王に割り当てられた客室までたどり着いた。ヴィオラが先に前へ出て扉を開け、中へ飛び込む。
「お二人は扉の前を守ってください! 陛下の処置は中で考えます!」
ヴィオラの指示に、近衛兵二人はイザークを室内へ押し込むと、すぐさま扉の外へ出る。
近衛兵は廊下の先と扉を開け放った客室の中を、不安になりながら交互に見る。まだグィリクス側の人間は来ていない。
客室では、ヴィオラが扉を隔てて続く奥の部屋を確認している。覗き込んで目当ての場所を見つけ、イザークを振り返った。
「陛下、浴室はこちらです! 手荒になりますが飲まれたものを戻しましょう!」
既に薬が回り始めているが、これ以上症状を重くしないために、胃の中の物を吐いてしまった方がいいとヴィオラは判断したようだ。ところが一刻を争う状況でありながら、イザークは壁に手を突き肩を上下させるばかりで動かない。
「こちらへ!」
ヴィオラは自分で引っ張っていこうと、駆け寄りイザークの腕を掴んだ。
近衛兵は自分も加勢すべく室内へ足を踏み入れる。
「来たぞ!」
そこへ、部屋の前にいる同僚の声。顔だけ戻せば、この建物へ続く渡り廊下を進む、グィリクスの伝統衣装の高貴な身なりの女性たちと、衛兵が二人、窓から見えた。もう来たのだ。自分の娘をこれほど手際よく差し出そうとするグィリクス王には、戦慄を覚えずにはいられない。
「あッ! 陛下、しっかりしてください!」
背後から聞こえたヴィオラの悲鳴。振り返ると、イザークがヴィオラをベッドへ押し倒したところだった。
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