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09.発端-2
しおりを挟む迎え入れられた宮殿は、体面を保たねばならないという意識がなければ、思わず唖然として見渡してしまいそうなほど豪華絢爛な建造物であった。
防衛の機能は重視されていない、王が快適に居住するための場所。曲線的な屋根や、門扉のない出入り口。そして壁面、天井、床の全てに施された緻密な彫刻や装飾。余白はほとんどないというのに、計算され尽くしているためか、見る側に疲労感を与えない不思議な色彩となっている。
イザークの国にこのような豪勢な建造物はない。質実剛健といえば聞こえはいいが、単にそのような経済力を持ち合わせていないだけだ。
『イザーク・シルヴェストル・ニーヴルト王にございます』
一行が通された広々とした謁見の間で、数段上がったところに設えられた王座。そこに座しているグィリクス王は、先導した王国側の官吏の定型の口上が終わると、早々に立ち上がってこちらまで下りてきた。まだイザークたちの挨拶が始まってすらいない状況である。
『長旅ご苦労であったな、イザーク王よ!』
グィリクス王は、この国の伝統衣装である白く滑らかな布の衣装に、大ぶりな宝飾品と金細工の重厚な帯を身につけている。顎鬚を蓄えたその顔は壮年のようだが、薄手の布の衣装の下から主張する肉体は鍛え上げられており、全身から漲るような若々しさが感じられる。
まるで友でも迎えるかのような気安さで両手を広げ、満面の笑みと共に段を下りてきたグィリクス王に、イザークは一瞬呆気にとられた。宮殿の規模も含め、その応対に驚いてしまうほど両国には圧倒的な差がある。
そこへ、イザークの斜め後ろにいたヴィオラが、すっと前へ出て礼をとる。
『お初にお目にかかります、陛下。我が国の通訳を務めさせていただきます、ヴィオラ・オルドジシュカ・ベラーネクと申します』
両国は言語が異なるため、最も会話の上手いヴィオラが通訳を兼ねることになっていた。近隣諸国では一般的に、最初に声をかけることになる通訳から名乗る。
なお、イザークも通常の会話に問題ない程度にはこの国の言語を操ることができるのだが、微妙な言葉選びで失礼があってはならないと、彼女を間に挟むことにしている。
『これは美しいご婦人だ。それに言葉もずいぶん流暢だな』
『お褒めに与り光栄です』
グィリクス王はにこやかにヴィオラの手を取って、その甲へ口づけた。この挨拶の仕方はグィリクスにはなく、どちらかというと北方のイザークたちの国やその近隣での作法だ。あえてこちらの作法に則って挨拶をして、寄り添う姿勢を見せようとする配慮なのだろう。
その後、イザークもヴィオラを介して、グィリクス王に挨拶を済ませた。
『ここは対談には向かない。来賓の座る場所がないからな。別室を用意してある。そちらへ行こう』
ヴィオラは、イザークが会話の内容を聞き取れていると理解しつつ、同じ内容を伝えてきた。
「お気遣いに痛み入る、と返事をしてくれるか」
頷いたヴィオラは、その旨をグィリクス王へ伝える。王はにこにこと先導して歩き始めた。
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