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08.初夜-6 *

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「このままでよいか。顔はやはり見えた方がいい」
「はい」

 カーテンを掴んで示すと、ヴィオラは頷いた。おそらく先ほどの事態は、顔が見えていれば防げていた。
 彼女の体を仰向けにゆっくり横たえさせて覆いかぶさる。

「止めて欲しい時は、教えてくれ。いくらでも待つ」
「はい。……あの」

 ヴィオラは遠慮がちに左手をイザークの方へ伸ばした。そして、少し恥ずかしそうに目を逸らす。

「手を、握っていてくださいますか」
「ああ」

 まだ不安げなヴィオラの左手を取り、優しく握る。

 驚いたために一旦萎えてしまったが、初めて見る弱った姿や、先ほど知った彼女の秘密、そして自身が思いがけずに得たものを噛みしめると、体の熱はすぐに再燃した。
 ヴィオラがイザークの顔の方を見ている隙に、少し陰茎を扱けば、また続きをできる状態になった。

「少しずつ進める。私の目を見ていてくれ」
「はい」

 片手はヴィオラとつないだまま、もう一方の手で彼女の膝裏を持ち上げ、大きく開かせる。また秘所を晒す体勢に、ヴィオラの顔は強張り、つないだ手に力がこもる。

「大丈夫だ。私も同じだ。裸で、急所を晒している。普通のことだ」
「はい……っ」

 会話で気を紛らわせながら、硬くなった男根を、膣口へ宛がった。

「落ち着いて息をしろ。体が強張っていては余計に辛くなる」

 促して、握った手を軽く揺らすと、ヴィオラはまた泣きそうな顔をしながらも、深く呼吸を繰り返す。

「ゆっくり、お願いします……」
「ああ」

 ぬる、と先端から少しずつ奥へ沈めていく。
 狭い場所に亀頭の張り出した部分が差し掛かると、ヴィオラはイザークの手に爪を立てた。彼女の体も、イザークを強く締め付ける。

「ひ……、く……」
「息を忘れるな」

 またしゃくり上げて泣きそうな気配がしたが、ヴィオラは堪えて言われた通りにふぅっと息を吐いた。それに合わせて、じりじりと腰を進める。
 そうすると、一番辛い場所を抜けたのか、急に楽に入るようになった。
 それはヴィオラにも分かったのか、手に込められた力が緩む。

「痛みは?」
「痛い、ですが、先ほどよりは、大丈夫です……」
「このまましばらく待とう」

 イザークの滾る熱は終始先を促すが、先ほどの失敗のおかげで冷静さが失われることはない。
 とはいえ辛いことには違いないので、イザークはヴィオラと繋いだ手に集中しつつ、自分も深い呼吸を意識した。
 それに釣られたのか、やがてヴィオラの浅かった呼吸は、深く落ち着いたものへ戻った。ゆっくり息をしながら、イザークをぼうっと見上げている。

「……どのようなことを、考えている?」
「……陛下と、このようなことになるとは、思ってもみませんでした」
「それは、……そうだな。私たちは、友として過ごした期間が長かった」

 長すぎたのだ。気心知れて、当然に隣にいてくれると思い込み、そして恋焦がれるほどに。友でしかいられないのならば、出会わないか、あるいは最初から望みはないと教えておいて欲しかった。
 だが、ヴィオラにとってイザークがただの友であったのは、最後に与えられた恩寵なのかもしれない。彼女がイザークをそうとしか思っていないからこそ、年初の相手にという要請は受け入れられた。

 普段でも、そうそう触れることなど叶わない相手と、今、深くつながっている。感慨深くあり、遠ざかったはずの存在へ急激に近付きすぎて、恐ろしくもあった。
 それでも、やはり、愛している。

「ヴィオラ……」

 名前を、ここでは呼んでも許される。ヴィオラは立場を崩さないため呼び返されることはないが、これで十分だ。
 握り合わせた手を、彼女の頭の横へ縫い付けて、顔を寄せる。頬に手を添え、唇を合わせると、ヴィオラの空いている方の手が、頬のイザークの手に重ねられた。イザークはそちらの手とも指を絡め、逆側と同様にシーツへ押し付ける。逃げるとは思っていない。だが、掴まえておかなくては、いつかどこかへ行ってしまいそうな、そんな気がした。

「辛くは、ないか」

 口づけから解放して尋ねると、ヴィオラは思い出したかのように、身じろぎした。

「あ……、はい。もう、大丈夫だと思います」
「少し動いてみる。怖くなったら教えてくれ」
「はい」

 返事がしっかりしてきたので、かなり順調に進んでいる。
 イザークは、ヴィオラの表情を窺いながら、ゆっくり腰を動かし始めた。

「ん、う……」
「は……、痛いか……」
「大丈夫、です……」

 隘路の潤みと締め付けが、イザークの体を急激に昂らせる。ヴィオラは少し痛むようではあるが、我慢できる範囲なのだろう。挿入した直後よりは無理をしている様子はないので、甘えて続けさせてもらうことにした。

 肌を打ち付けるようなことはしない。微かに水音が立つ程度の、静かな抽挿。
 それでも、どこか恍惚とした表情で見上げるヴィオラの眼差しと、握り返す手指から伝わる信頼が、体を激しく焚き付けた。快楽と、彼女の心までもが自分に向けられているような錯覚は、イザークをこの行為へのめり込ませていく。

 やがてその興奮は、穏やかな交合のまま、イザークを上り詰めさせた。睾丸のせり上がる感覚がくる。

「うっ、もう……」
「陛下……っ」

 侵したい。そのどこか本能的な欲求は、イザークをヴィオラの中で果てさせた。体を震わせ、下半身の解放感に身を任せる。

 少しして吐精が落ち着くと、イザークは彼女の体から出ていった。
 ようやく終わったからか、ヴィオラは安堵のようなため息をつく。

「すまない、中に……」

 省みれば、外に放った方が良かったかもしれない。それで口をついて出た言葉だったが、ヴィオラは慌てる様子はなかった。

「いえ……。私、妊娠いたしませんので……」

 落ち着き払ったヴィオラに、むしろイザークの方が動揺させられた。彼女とその話をしたことはない。話題に上る機会などなかった。
 誤魔化すように、イザークはヴィオラの隣へ横になり、抱き締めた。

「疲れただろう。もう休め」
「はい……。ありがとうございます」

 上掛けを引き上げてお互いの体へかける。するとヴィオラは、負担をかけたためか、イザークの腕の中ですぐに寝息を立て始めた。
 そういえば彼女の寝顔を見るのも、これが初めてになる。落ち着いた雰囲気を纏うため、年齢より上に思われることが多いヴィオラだが、眠った顔は案外年相応か、それより少し幼く感じられた。

 そうして横になったままついじっと見入ってしまったが、イザークにはまだ一つやることがあった。ヴィオラを起こさないように慎重にベッドから出て、足音を殺して出入り口へ向かう。

 扉をそっと開いて顔を出すと、近衛兵が二名、部屋の扉を挟んで立っている。
 彼らはイザークを見て仰天した。

「陛下、お顔が……」

 イザークはヴィオラに蹴られて鼻から少し出血した。それは雑に手で拭っただけなので、血の痕が付いている。

「事故だ。事はつつがなく成った」

 先ほど部屋の中から聞こえたヴィオラの悲鳴と、イザークの負傷。彼らは王が若さゆえに、伯爵夫人に無理を強いて反撃されたと考えたのだろう。何とも言えない表情を浮かべている。
 彼らにイザークの負傷を見せつけた。これで、シーツの血痕も、イザークのものということになる。ヴィオラが破瓜した事実は隠蔽できるはずだ。

「私はこのまま休む」
「かしこまりました」

 そうして扉を閉め、ベッドへ戻る。
 ヴィオラが目覚めないのをいいことに、今日だけ許される素肌をまた抱き締め、眠りに就いた。満ち足りた、まるで思いが通じ、彼女が自分だけのものになったような高揚感と共に。

 イザークはこうして、翌年以降もヴィオラを年初の相手に指名して、思いを秘めながら体を繋げていった。それは、七度目までは何の問題もなく続いた。


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