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08.初夜-5 *

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「これは……!」

 彼女の膣口から滲んで、シーツへ染みを作っているのは、間違いなく鮮血だった。
 イザークの逸物はこれまでの経験からして平均程度の大きさであって、普通に慣らしてから挿入すれば特段問題は起きないはずだった。それでも負傷させてしまったのだろうか。

「ヴィオラ、しっかりするんだ」

 抱き起し、努めて優しく声をかけると、ヴィオラはまだ肩を震わせつつも、目に涙を溜めながらイザークを見上げた。

「も、申し訳ございません、今日は、う、うまくいかないようで……」
「いや、それどころではない。痛みは? 今も強く痛むか?」

 イザークのただならぬ様子に、ヴィオラは座ったまま自分の下半身へ視線を下ろした。
 そして、シーツに点々と落ちる血痕に目を剥いた。

「え? あ、どうして……!? そんなはずは……」
「落ち着け。どこか傷つけてしまったのだろう。年初の行為は別でやり直せば済む話だ。すぐに医師を呼んで――」
「お待ちください……!」 

 ヴィオラはイザークの腕を掴み、強く押しとどめた。自分が負傷したことへの驚きや心配ではなく、見られてはならないものを見られたような、焦りの表情。
 なぜ彼女が止めるのか、イザークには分からなかった。だが、これまでの不慣れすぎる反応とあわせ、一つの可能性に思い至る。

「ヴィオラ、そなた、まさか……」
「あ……」

 ヴィオラの方も、自分の失言を悟った様子だ。

「これは、破瓜の血なのか」

 真相を言い当てたその質問に、ヴィオラの顔から血の気が引いていく。
 彼女は処女だったのだ。夫とすら性交渉を持っていなかった。イザークが医師を呼ぶことを必死に止めたのは、これが破瓜の血だと分かってしまうからだ。
 人生における初回の性行為、即ち処女童貞を捨てることは、年初の一度目よりもより不吉なことだとされている。だから夫婦でない他人同士であっても、相手にだけ悪影響が無いよう、可能であればお互い初回同士で、そうでなければなるべく行為を上手く完遂させてくれる、経験豊富で初回の縁起の悪さを受け入れた相手で済ませる。一般的な感覚であれば、まかり間違ってもこの国を背負う王に破瓜させることなどしない。

「お、お許しください……。初回の定義は、破瓜しているかどうかだと聞いて……」

 ヴィオラは声を震わし、また涙を滲ませていく。

「私、幼いころの病が再発していないか、定期的に診察を受けているのです。その際に、器具を挿入してこの中を少し広げて、お医者様がご覧になるので……。ですから、今さら破瓜することなどないと、思っていて……」

 つまり、彼女は診察のための器具でとっくに処女膜が損傷していると思っていたので、今さら性交したとしても出血などしないと考えていたのだ。しかし実際には、器具は内側を損傷しないよう配慮されていたし、また処女膜も膣を塞ぐような形状ではないので損傷させずとも診察できた。

「ベラーネク伯爵とは……?」
「旦那様は既に男性機能が衰えておられるそうで……。旦那様としないのであれば、事前に初回を済ませておく必要もなかったので、そのまま……」

 そんな折、イザークから年初の相手を頼まれてしまった。本来であれば、王に人生の初回の相手をさせることになるため辞退するか、昨年の内にそれを済ませておくべきだった。だがヴィオラは、診察器具で既に破瓜しているという誤解のもと、年初の相手を務めて問題ないだろうと考えた。一方で、厳密にそれが破瓜とみなされるかどうかに若干疑念があったため、通常の性行為も経験済みというていでイザークに接したのだ。
 しかしこの現状は、名実ともに間違いなくヴィオラの人生の初回にあたるだろう。

 自分の安易な判断で大変なことになってしまったと、ヴィオラは震えている。

 もしイザークが、この国の口伝と慣習を重んじる普通の感性を持っていれば、ヴィオラの行動に怒り、軽蔑したかもしれない。だがイザークは、彼女への恋心を捨てられず、この年初の行為を愛する人へ触れる手段として利用することに決めた男だ。誰にも知られなければ問題ないと、そのような考えで。
 むしろ、歓喜のあまり身震いしそうだった。なぜなら、ヴィオラへ触れた男は、他にいないと分かったから。彼女の初めての男は、イザークだったのだ。捨てると決めた慣習を取り払えば、残るイザークの心は、この状況をただの幸運としか捉えていない。

「ヴィオラ、大丈夫だ。落ち着け」
「申し訳ありません……。私……」

 その裸の体を抱きしめて、宥めるように背を撫でる。
 これが公になれば、ヴィオラは非難の的となるだろう。何か法に反するわけではない。しかし、社会的な信用を損なうことは間違いなく、その影響で職も失う可能性や離縁されるおそれもある。また、彼女の父の公爵は厳格な男だ。娘であっても許しはせず、家の門を開けることはないだろう。
 全てを失うかもしれないのだ。

「大丈夫だ。私とそなたしか知らないことだ」
「ですが……」
「私も血を流している。いくらでも誤魔化しようがある」

 あまり多くないが、鼻血とそれを拭った痕が顔にある。
 しかしヴィオラは浮かない顔のままだ。

 普段のヴィオラなら、このように説明せずとも、倫理観はともかくイザークの言う通りだと自分で気付いたはずだ。だが今は、あまりの動揺に怯えるばかりで、思考が速やかにまとまらないようだ。
 思えば、ヴィオラが決定的な失敗をしたことは、これまで一度たりともなかった。他人からもたらされた苦しい状況などについては冷静に対処してきたが、彼女自身の失態にどのような反応を見せるかは、これが初めての事例となる。
 そして意外にも、自分が原因であるという負い目や自責の念か、あるいは不吉とされることを行ってしまった恐怖か、ヴィオラはどうすればいいのかすぐには頭が働かない恐慌状態へ陥ることがわかった。

「そなたが気を持ち直して、周囲へこのことを報告したとしても、何も状況は好転しない。既に起きたことだ。ならば、黙っていれば、少なくとも皆に無用な心配をかけることはないだろう」

 イザークの更なる説得に、ヴィオラはようやく涙を拭った。

「申し訳ございません、陛下……」
「気に病む必要はない。幼い頃、いくらでも大人たちに秘密を持っただろう。それと同じこと。一つ増えただけだ」

 子供の頃、内緒話や悪戯の計画をする時に、お互いこれは大人たちには秘密だと言って、笑いあった。その時と同じように笑いかけると、ヴィオラもぎこちなく、どうにか微笑んでくれた。

「先ほどはすまなかった。無理に進めた。……まだ痛むか?」
「いいえ。その、これほど大変なこととは思いもよらなかったので、驚いてしまって……。もう、私は大丈夫です……」

 人生初回も、年初の行為も、最後までしなくては初回をこなしたことにならないという。
 ヴィオラも落ち着いて促してくれたので、イザークは続きをすると決めた。
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