【R-18】【完結】何事も初回は悪い

雲走もそそ

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04.正直者-1

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 イザークが八歳の時のことだった。
 王家の狩猟場で父王や貴族たちが狩りを行う、季節の催しの日。まだ子供のイザークは連れてこられるだけで、危ないからと男たちが戻るのを待たされるばかりで面白くもなんともない。

 天幕の傍を不機嫌にうろついていると、男が一人近寄ってきた。
 黒に近い紫色の髪と鮮やかな青い瞳。怜悧な顔立ちのその男は、ルドヴィーク公爵だ。数代前の王弟が臣籍へ下り始まった家で、血は遠いが王家とも混じっている。年齢は父王と同じぐらいのはずだ。

「今年も殿下には退屈な催しのようですな」

 礼をとってから顔を上げた公爵は、まるで子供に接するように穏やかに語りかけてきた。
 確かに年齢としては子供ではあるが、イザークは父王の子の中で唯一存命の男児だ。王太子として自覚を持って日々邁進している。それを普通の子供のように扱われることは、正直不愉快に思っていた。
 一方で公爵はイザークにおかしな遠慮がない。イザークの周囲にいる父王以外の他の人間は、大げさに褒めるなど過剰な配慮をしてくる。それがイザークにとっては苛立ちの種であった。だが公爵は、そのような半ば嘘の世辞は口にしない。イザークを煙に巻くことは言うが、本心で接してくれているように感じる。
 だから、公爵からのそこはかとない子供扱いを不満に思いつつも、貴重な正直な人間として遠ざけることはしていなかった。

「猟場まで連れてくるだけ連れてきておいて、あとは放置するのだから、退屈で当然だ」
「そうでしょうな」

 公爵はふっと笑みを漏らす。だが、それだけを話しにきたわけではないようだ。

「そう思慮いたしましたので、遊び相手はいかがでしょうか?」
「どの家の息子だ。そなたの息子たちはもう育ちすぎていて私とは満足に付き合えないようだが」

 公爵には何人か息子がいて、イザークよりいくらか年上だ。息子たちはもう成長期を迎えているため、八歳のイザークとは体格にかなり差があり、遊びにならない。気遣われるのもやはりつまらない。
 ところが公爵が用意した相手は、新しい人材だった。

「いえ、私の三人目の娘です」
「何?」

 イザークは思い切り不満顔を浮かべた。父王には感情を易々と表に出すなと言いつけられているが、どう感じているか伝えなくては相互理解が進まないので、イザークは父王の目がない限り無視している。
 そんなことより娘とは一体どういうつもりか。

「娘のヴィオラは陛下と同い年です。背丈も同じぐらいですかな」

 遊び相手として娘で十分と言いたげな公爵は、イザークが全く乗り気でないことは見て取れただろうが、平然と話を進める。
 近頃は城でも女性官吏を登用しているものの、貴族社会での役割分担は旧態依然としている。イザークは表立って口にしないが、内心は女とままごと遊びでもさせるつもりかと、公爵を叱りつけてやりたかった。

「公爵、そなたの娘は正直者か? そなたよりも」

 そこで、別の方向から娘の資質を問うことにした。
 公爵は顎に手を当てて少し考え、片膝をついてイザークと目の高さを合わせる。それはまさしく小さな子供相手だからこその行動だったが、眼差しだけは、先ほどと打って変わって真剣に細められた。

「……殿下。常に正直であることだけが、殿下にとっての信頼の条件だとお考えでしたら、それは狭量というものですな。悪意ある正直者も、善良な嘘つきもいるでしょう。そしてその時々に応じて行動は変わるはずです。殿下はご自分がいずれにあたるとお考えですか」
「私は何でも正直に答えている」

 逆に自分の資質を問われているようで、憮然として返した。だが公爵は穏やかに笑うばかりだ。

「はは。善良か否かはお答えになりませんでしたな」
「父上もそなたも、私の揚げ足を取らなくては気が済まないようだな」

 父王も、分かりやすくイザークへ苦言を呈したり叱責することはない。公爵のように遠回しに嫌味を言うことが多い。

「そうではありません。まあそうですな……。私の娘はそれなりに正直で、時に嘘つきですが、おおむね、おそらく私よりは善良ですよ」
「なぜそのように言える」
「早くにままならぬことを知り、その上で自分のできうることをしているからです。いずれ分かりましょう」

 公爵は笑みを収め、いやに深く陰った目で、娘のことを語った。それがイザークには、真剣な空気で誤魔化そうとしているように感じられた。

「はぐらかすな」
「では代わりに、娘が嘘つきになっている時の癖を教えて差し上げましょう。少しの間目を閉じてから話します。嘘をつく時全てに当てはまるわけでありませんが、その仕草をした時は大概嘘です」
「ふうん」

 それを使えば、公爵の娘がイザークに思ってもない世辞という嘘をついた時に、判別できる。たしかに便利かもしれない。

「ですが、これを娘の嘘を暴くことに利用してはなりません」

 イザークにはわけが分からなかった。嘘は悪いことのはずだ。

「なぜだ。悪事は正さねばならないだろう」
「悪意のある嘘であれば悪事にあたるでしょうな。娘が嘘をつくとき、目的よりも、心情を想像してみてください。今後、殿下のお役に立ちましょう」

 やはり公爵の話は分かりづらい。いつか役に立つとか、いずれ気付くとか。父王も公爵も、なぜイザークに、今、明確にものを語らないのか。

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