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後編
35.一年後-9(完)
しおりを挟む翌朝、頭を撫でられ、髪を指で梳かれる感触に、イリスは目を覚ました。
「おはよう」
隣に横たわる裸のアルヴィドが、優しく笑いかけてくる。
その姿に、昨晩薬酒に煽り立てられてした振舞いが、頭によみがえってきた。
イリスは返事もせずにシーツを引き上げて顔を隠す。
「……見ないで」
彼を前に進ませるためという名目もありつつ、イリスは随分積極的で大胆だった。それを思い出し、自覚してしまい、羞恥心でアルヴィドを見ていられなくなったのだ。
「九年ぶりに勃って驚いた僕の、間抜けな顔も思い出してくれて構わない」
アルヴィドがそう笑いながら、覆うシーツを軽く引っ張って出てくるよう促すので、イリスはしぶしぶ顔を覗かせた。
彼の表情は晴れやかで、イリスが恥じらう様子を嬉しそうに見てはいるが、からかったり揶揄する様子はない。
「おはよう……」
「ああ、おはよう」
改めて挨拶を返すと、アルヴィドはイリスの頬に手を添えて口づけた。
それがまた昨夜数えきれないぐらいした愛撫としての口づけを思い出させ、羞恥で心が落ち着かない。
アルヴィドが顔を離してから、イリスは唇のひりつきに気が付いた。
原因は考えるまでもなく、舐めすぎ、吸い過ぎだ。昨晩、行為が深まるほど、アルヴィドはイリスの喘ぎ声を全て呑み込もうとするかのように、絶え間なく唇を貪った。
また、唇だけでなく、腰も鈍い痛みがあるし、全身筋肉痛にもなっている。
そうなるぐらい何度も交わったのだ。
「もう、不安はなくなった?」
「ああ」
「薬で無理にしてしまったと思ってない?」
アルヴィドは薬に呑まれて勢いで行為に及ぶことに、抵抗感があるようだった。それが新たな不安になっていないかが気がかりだった。
だがアルヴィドは、少し気恥ずかしそうに笑みを浮かべつつ、イリスを抱き寄せた。
「大丈夫だ。逆に薬がないとできなくなるんじゃないかと、それも心配だったが――」
「あっ」
密着したイリスの素肌に、何か質感の違うものが当たる。
熱く固いそれが何か分からないほど、もう初心ではない。
「特段、問題ないみたいだ」
「そう、みたいね……」
完全に薬酒の効果の抜けた現在、朝の生理現象を迎えているのだから、元の性交への不安も、薬に呑まれた結果でしかないという懸念も、解消されている。
「イリス……」
じっと熱のこもった目で見つめて、顔を寄せてきたアルヴィドに、イリスはすかさず自分の口元を手で押さえた。これ以上舐められては悪化する。
「だめ」
「どうかしたのか」
「腫れてるから」
「そうか……」
アルヴィドは残念そうに眉を下げたが、手はイリスの腰や腿を撫でていく。
「なら、こちらも、休んだほうがいいな……?」
そのくすぐるようでじっとりした淫猥な手つきに、昨晩の情交の快感がよみがえった。
口では諦めるような素振りをしつつ、アルヴィドは期待している。だがイリスの方も、欲しくなってしまっている。
「い、一回だけね……」
そうして二人は朝から、また体を重ねる。
結局お互い盛り上がって一度では収まらなかったし、禁止した口づけもイリスの方から求めてしまった。
ついでにその日帰る予定だったのだが、イリスの足腰が立たなくなったので延泊を決めた。
一緒に帰るつもりだったグンナルに何とも言えない目で見られながら、彼を見送った。春休みがまだ残っていたのが救いだ。
◆
とにかく、こうして二人は心にわだかまっていた不安と恐怖を乗り越えて、お互いを想ってする全てのことができるようになった。
辛い記憶は頭の中にある。そのためまた何か似た状況に陥れば、不安に襲われる可能性がある。
だが二人はそれを乗り越える方法を知っているし、お互いの心の傷を理解しているため共感し支えあえる。
一度は壊れた二人だが、ようやくこの日、その傷は完治したのだった。
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