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後編

35.一年後-3

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 見上げるように後ろを振り向くと、少し息を荒げたアルヴィドが、イリスの頬へ手を添えて口づけてきた。
 舌を舐り、歯列の裏をくすぐって、唇が離れていく。

 そうして見えたアルヴィドの表情は、一転、落胆と苦悩で暗くなっていた。
 
「すまない、今日こそできそうな気がしてたんだが……」

 妻となった人の痴態を目にし、肌へ直接触れても、アルヴィドの下半身は全く反応していなかった。
 これは今回だけのことではない。二人はこうして触れ合うようにはなったが、アルヴィドは欲情し興奮しても、決して勃たず、本当の意味での初夜を迎えたことは一度もなかった。

「謝らないで」

 イリスは自分から軽く口づけると、なるべく深刻にならないようアルヴィドを励ました。

 この点についてはイリスの方が回復が早かった。一方アルヴィドは、イリスに植え付けられた強姦の被害者としての体験と、加害者としての体験の両方を併せ持つ。強烈な罪悪感と忌避感が、体の正常な反応を損ねてしまっていた。
 イリスの方は、自分の心の準備はできていると分かっているし、アルヴィドとなら最後までしたいと思っている。だが、無理にする必要は無いとも考えている。

「夜更かししながら、もっと話しましょう」
「ああ、そうだな……」

 ガウンを着直してベッドから降りたイリスは、今日貰った結婚祝いの品々の中から良い物を発見して手に取った。

「見て、アルヴィド」

 それは携帯できる、簡易なベゼルスの盤と駒の一式だった。
 以前家族に、昔持っていたものは捨ててしまったと話した。それはイリスが心の病を患って、何も楽しめなくなっていたからなのだが、場所を取るから処分したのだと言い訳をした。それを覚えていたのか、今回のお祝いで場所を取らない携帯式のものを贈ってくれたのだ。

「久しぶりにやりましょう」
「……わかった。ありがとう」

 祝いの品で占拠されていたテーブルの上を片付け、盤と駒を並べていく。

「それにしても、皆色々な物をくれたんだな……」

 アルヴィドは品々を眺めてから、近くに置かれていた酒瓶へ目を留めた。

「せっかくだから頂こうか」

 変わった商品で、一口で飲み干せるような小ぶりなカップが付属している。開封してカップへ注ぐと、葡萄酒の様に赤味のある濃い色の液体であると分かった。

「甘っ」

 口をつけたアルヴィドは、少し顔をしかめた。

「君も」

 注いでイリスにも差し出されたので、一気に呷る。確かに、強い甘みがまず通り過ぎて、その後酒精の苦みとやや癖のある後味がやってきた。
 イリスは平気な味だが、アルヴィドは甘すぎる物は苦手である。放っておくとイリスだけでこの酒を飲み切らなくてはならない。
 そこでイリスは、おそらくそれなりにアルヴィドにも消費させる方法を考えついた。

「じゃあこうしましょう。駒を取られるごとに、一杯飲む。駒の等級に応じて増やして、王の駒を取られたら三杯。どう?」
「学生みたいだな。いいよ。あまり度数も高くなさそうだし」

 そうして二人はベゼルスの勝負を始める。
 お互い一度ずつ王の駒を取られて負けて、順調に貰い物の酒を飲み下していった。


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