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後編

35.一年後-1

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 イリスとアルヴィドは、一年の交際を経た翌年の春休み、イリスの故郷で結婚式を挙げた。

 イリスの親族や村の人々が集まって祝う、素朴な式だった。
 アルヴィドの親族は絶縁しているので、唯一村の外からの招待客として、グンナルが忙しい中辺境まで足を運んだ。アルヴィドは世話になった元精神科医の老人も招きたがっていたが、老体に遠方は堪えると辞退されたそうで、後日イリスも一緒に挨拶へ行く予定だ。
 親類や村人たちは、久々に帰ってきて突然結婚するというイリスと、何とも陰気な風貌の十歳以上年上に見える結婚相手と、厳めしい顔つきのたった一人の招待客を、温かく迎え祝った。
 イリスが以前アルヴィドへ語った通り、優しく、穏やかな村だった。

 日中は式で参列者からもみくちゃにされた二人は、疲労と、それに勝る高揚感で浮かれながら宿の客室へ戻った。
 イリスは実家の私室をとっくに引き払っており、現在は弟夫婦の子供部屋として使われているため、実家に滞在可能な空き部屋がない。そのためこの村にたった一軒の宿で部屋を取っていた。

「良い式だったな……」

 入浴を済ませ、寝る支度をしながら、アルヴィドは感慨深そうに式の感想をぽつぽつと語った。
 イリスは先に就寝の支度を終えており、普段まとめている髪も下ろし、ガウン姿でベッドへ寝そべって、それに相槌を打つ。

「先生、泣いてたわね」

 常に眉間へしわを寄せ難しい表情を浮かべているグンナルが、少し目に涙を溜めていた。それを周囲の陽気な村人たちに見咎められ、わいわいと構い倒される光景に、イリスたちは顔を見合わせ笑ってしまった。

「教え子の式に招待される日が来るとは思わなくてって、誤魔化してたけど」

 それ以上に、三人には色々なことがあった。
 全員が、過去を見つめながら生きていた。それが一年とおよそ半年前に急激に動き出し、許しと治療を経て、ようやく、不確かでも希望に満ちた未来へ、目を向けられるまでになった。

 もちろん全てが解決したわけではない。
 アルヴィドは弟ベネディクトへの償いの方法を模索していて、なんとか彼と連絡を取ろうと、手紙を送ったり直接出向いたりしているようだった。しかし、彼が家から養子に出された際に結んだいくつかの魔法契約で、エーベルゴート家に近寄れなくなっているらしく、また手紙には全く返信がないため、連絡手段が途絶えている様子だ。
 複雑な心境ではあるが、イリスはそれを手伝うこともなければ、邪魔もしない。彼が償うと決めたのなら、イリスがどうこう言う立場ではないからだ。ベネディクトは償い云々どころか話も通じそうにない相手ではあるが、命だけは渡さないよう、アルヴィドと約束している。
 ところで、最後にあったあの時の深い憎悪からすると、アルヴィドが会いたがっていると知れば、意気揚々と殺しにでも来そうなものであったが、むしろ連絡がないことは不気味に思えた。忙しいのかもしれないと、イリスはなるべく不快な男のことを考えないようにしている。

 ちなみにグンナルは一年前、ベネディクトから家門の権力を使ってその座から引きずり下ろすことを仄めかされていた。だが、彼はまだルーヘシオンの校長の職にある。
 あの数週間後、魔法警察の上級捜査官として例の反政府組織の拠点へ踏み込んだベネディクトは、運悪く頭部に重傷を負った。すぐさま治癒魔術を施されたため大事には至らなかったが、場所が悪かったようでおよそ一か月間の記憶を失っていた。だからあの日ルーヘシオンを訪れ、イリスたちと揉めたことなどは覚えていない。アルヴィドを恨んでいる状況に変わりはないが、イリスやグンナルに対し新たに芽生えた敵意は消えていた。
 そういうわけで、グンナルは無事に今も校長を務めている。

「君のご両親も、村の人も、いい人ばかりだった」

 皆が持ち寄ってくれた様々な祝いの品で溢れたテーブルを軽く片付けると、アルヴィドはベッドの端へ腰を下ろした。寝る支度は終わったようだ。

 イリスの視線に気づいたアルヴィドは、隣に寝転がると、抱き寄せて唇を重ねた。
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