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後編
33.危険ではないこと-3
しおりを挟むアルヴィドの私室を訪れたイリスは、扉を叩き、廊下から中へ声をかけた。
「アルヴィド。話があるの」
何度か繰り返すが、中から返事はない。それどころか、気配もしない。
イリスは嫌な予感がして、扉に手をかけた。
鍵がかかっていない。
「アルヴィド!」
慌てて扉を開くと、部屋の中はもぬけの殻だった。備え付けの家具はあるが、生活用品等が全くない。アルヴィドは出ていったのだ。
まだ契約期間は残っているというのに、イリスが訪ねてくるまでの短い間で決断し、荷物を片付けてしまった。
「そんな……」
イリスはとりあえず追いかけるために、踵を返し廊下を戻った。行く当てなど分からないが、まだ近くにいると信じて探すしかない。
小走りに廊下の角を曲がったところで、人とぶつかりそうになる。
「あっ!」
「おっと」
すんでのところで避けてくれたその相手は、同僚のカッセルだった。
普段、廊下を走る不作法など冒さないイリスが急いでいるのを見て、驚いたように少し眉を上げている。
「申し訳ありません、カッセル先生」
「大丈夫です、避けましたから。ノイマン先生に急ぎの御用ですか?」
「い、いえ……」
妙な疑念を持たれては困るが、違うと言い逃れしても、この廊下の先はアルヴィドの私室とカッセルの研究室しかない。
だがカッセルの意図は別のところにあった。
「いらっしゃらなかったでしょう? ノイマン先生なら先ほど校長室の前ですれ違いましたから」
「本当ですか」
「ええ。鞄を持ってましたので、校長先生とお話しされたら、そのまま出かけられると思います。春休みですし帰省ですかね? 急げば追いつけますよ」
イリスが勝手に苦手としているだけで、彼は基本的に親切な男である。単純にアルヴィドの目撃情報を教えようとしてくれていた。
「そういえばセーデルルンド先生は帰省なさらないんですか? ご予定が無ければ今度私の家に遊びにきませんか。うちのつ――」
「ありがとうございます!」
親切な彼には悪いが、とにかく急いでいる。話を途中で切り上げて、イリスは校長室へ急いだ。
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