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後編
32.決壊-2
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「はっ、イリス……」
口づけの合間に漏れる、切羽詰まったような低い声。
ここまでされて、分からないはずはない。彼はまた、イリスを犯そうとしている。これでは昔と同じではないのか。
乳房の下着に覆われていない上側をするりと撫でた手は、そのまま膝まで下りていった。
ここから先にある行為を思い出したイリスの体は硬直し、抵抗ができなくなる。
それを感じ取ったアルヴィドは、イリスを拘束していた手を放し、自由になった手も使って体に触れ始めた。
胸元に零れた唾液を舐めとり、乳房を揉みしだきながら、次は項に強く吸いつく。
膝へ置かれていたアルヴィドの手が、腿を這いあがってくる。ストッキングと足の付け根の間の露出した素肌を撫でられた。腿を渡るガーターベルトの内側へ指を差し込み、手のひら全面で肌の感触を確かめるような動き。
「う、嘘……」
腿の裏も揉んだ後、手はスカートのもっと奥へ潜りこんでいく。
親指が腰骨のあたりを滑り、ついにそのすぐ傍の、下着の端に指先をかけられた。
「いや、いっ、嫌ああああぁっ!」
イリスの声が届いたわけではない。そのような奇跡は起きえない。
だが、アルヴィドは突然手を止めた。
それは彼が、セムラクの増幅された反作用から、自分を取り戻すのに必要な時間が経過した瞬間だった。
イリスの首元へ埋められていた顔が、がばりと上げられる。
その目には、正気が宿っていた。
「そ、んな……、あ、あぁ……」
愕然とした顔から血の気が失せ、アルヴィドはふらふらと後ずさった。
イリスはようやくキャビネットから床へ下りたが、立っていられなくてそのまま座り込んだ。服の前を掻き寄せる手は、まだ震えている。
壁際まで下がったアルヴィドは、背中からぶつかり崩れ落ちた。
「僕は、まだ、こんなことができる人間なのか……」
アルヴィドはわななく手で顔を覆うが、したことから目を背けるなとでもいうように、閉じない指は視線を遮ってはくれなかった。
彼は、自分の所業に慄いている。イリスを再び凌辱しようとした。理解できないと軽蔑しきっていた過去の自分と、同じことをしようとした。それは、今のアルヴィドの人格を否定する行為だった。
「アルヴィド……」
平気だなどと、イリスに虚勢は張れなかった。
彼が怖い。イリスの怯えを無視して強引に触れた。びくともしなかった腕の力は、掴まれた場所の痛みとなって今なお主張している。理性を失った彼の姿が、頭に焼き付いている。
また壊してしまったのだと、自覚したアルヴィドは耐えきれず、ついにイリスから目を逸らして項垂れた。罪悪感に押しつぶされそうな自分をとどめるように、床に爪を立てる。
「すまない……。君を、愛しているんだ……」
「え……」
その弱々しく揺らぐ愛の言葉は、慟哭に聞こえた。
「君が自らの心の傷と戦いながら、僕まで癒そうとしてくれていると悟ってから……。君を治したいという気持ちも、償いも、嘘じゃない。だが、この思いも、確かにある。自分でも、おぞましいと分かっている。許してくれ……」
アルヴィドがセムラクに手を出してまで隠そうとしていたのは、彼が自らに許せない思慕だった。
治療に協力しようと、かつてと考え方が違おうと、彼がイリスを凌辱したアルヴィド本人であることに変わりはない。それをよくわかっているからこそ、アルヴィドは無理にでも感情を抑え込み、片鱗すらイリスへ見せないようにと術を施した。
しかしそれは、このような最低な形で露呈することになってしまった。
アルヴィドは壁に縋って立ち上がり、イリスに背を向けた。
「すまない、すまない……。もう二度と、君を傷つけない……」
「アルヴィド……!」
呼びかけに応えることなく、ふらつく足取りで、アルヴィドはイリスの部屋から立ち去った。
口づけの合間に漏れる、切羽詰まったような低い声。
ここまでされて、分からないはずはない。彼はまた、イリスを犯そうとしている。これでは昔と同じではないのか。
乳房の下着に覆われていない上側をするりと撫でた手は、そのまま膝まで下りていった。
ここから先にある行為を思い出したイリスの体は硬直し、抵抗ができなくなる。
それを感じ取ったアルヴィドは、イリスを拘束していた手を放し、自由になった手も使って体に触れ始めた。
胸元に零れた唾液を舐めとり、乳房を揉みしだきながら、次は項に強く吸いつく。
膝へ置かれていたアルヴィドの手が、腿を這いあがってくる。ストッキングと足の付け根の間の露出した素肌を撫でられた。腿を渡るガーターベルトの内側へ指を差し込み、手のひら全面で肌の感触を確かめるような動き。
「う、嘘……」
腿の裏も揉んだ後、手はスカートのもっと奥へ潜りこんでいく。
親指が腰骨のあたりを滑り、ついにそのすぐ傍の、下着の端に指先をかけられた。
「いや、いっ、嫌ああああぁっ!」
イリスの声が届いたわけではない。そのような奇跡は起きえない。
だが、アルヴィドは突然手を止めた。
それは彼が、セムラクの増幅された反作用から、自分を取り戻すのに必要な時間が経過した瞬間だった。
イリスの首元へ埋められていた顔が、がばりと上げられる。
その目には、正気が宿っていた。
「そ、んな……、あ、あぁ……」
愕然とした顔から血の気が失せ、アルヴィドはふらふらと後ずさった。
イリスはようやくキャビネットから床へ下りたが、立っていられなくてそのまま座り込んだ。服の前を掻き寄せる手は、まだ震えている。
壁際まで下がったアルヴィドは、背中からぶつかり崩れ落ちた。
「僕は、まだ、こんなことができる人間なのか……」
アルヴィドはわななく手で顔を覆うが、したことから目を背けるなとでもいうように、閉じない指は視線を遮ってはくれなかった。
彼は、自分の所業に慄いている。イリスを再び凌辱しようとした。理解できないと軽蔑しきっていた過去の自分と、同じことをしようとした。それは、今のアルヴィドの人格を否定する行為だった。
「アルヴィド……」
平気だなどと、イリスに虚勢は張れなかった。
彼が怖い。イリスの怯えを無視して強引に触れた。びくともしなかった腕の力は、掴まれた場所の痛みとなって今なお主張している。理性を失った彼の姿が、頭に焼き付いている。
また壊してしまったのだと、自覚したアルヴィドは耐えきれず、ついにイリスから目を逸らして項垂れた。罪悪感に押しつぶされそうな自分をとどめるように、床に爪を立てる。
「すまない……。君を、愛しているんだ……」
「え……」
その弱々しく揺らぐ愛の言葉は、慟哭に聞こえた。
「君が自らの心の傷と戦いながら、僕まで癒そうとしてくれていると悟ってから……。君を治したいという気持ちも、償いも、嘘じゃない。だが、この思いも、確かにある。自分でも、おぞましいと分かっている。許してくれ……」
アルヴィドがセムラクに手を出してまで隠そうとしていたのは、彼が自らに許せない思慕だった。
治療に協力しようと、かつてと考え方が違おうと、彼がイリスを凌辱したアルヴィド本人であることに変わりはない。それをよくわかっているからこそ、アルヴィドは無理にでも感情を抑え込み、片鱗すらイリスへ見せないようにと術を施した。
しかしそれは、このような最低な形で露呈することになってしまった。
アルヴィドは壁に縋って立ち上がり、イリスに背を向けた。
「すまない、すまない……。もう二度と、君を傷つけない……」
「アルヴィド……!」
呼びかけに応えることなく、ふらつく足取りで、アルヴィドはイリスの部屋から立ち去った。
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