【R-18】【完結】壊された二人の許しと治療

雲走もそそ

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後編

29.天秤の女神像-1

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 杖を構えて睨みあうアルヴィドとベネディクト。アルヴィドの後ろにはイリスがいるため、退くことはできない。
 魔法警察の上級捜査官として最前線で戦っているベネディクトに対し、果たして空白期間のある自らは後れを取らないか、アルヴィドに一抹の不安が過る。

 その時、校長室の扉が突然開き、グンナルが姿を現した。

「これは、何の騒ぎですかな」

 杖を突きつけあい、アルヴィドは肩を負傷し膝をついている。ベネディクトが手を出したことは明らかな状況だ。

「グンナル先生」

 だがベネディクトはうろたえなかった。かつてのアルヴィドのように善人の笑顔を張り付けて、グンナルに言い逃れを始める。

「これは名誉のための決闘ですよ。どうやら兄は私に思うところがあるようでしてね」
「な……!?」

 まるで名門の次期当主の座を失ったアルヴィドが、嫉妬からベネディクトを侮辱し決闘へ発展したかのような言い分に、イリスが声を上げようとする。
 それを制したのはグンナルだった。

「上級捜査官殿。わが校の教師たちと何があったかは存じ上げないが、貴官に落ち度がないのなら、ためらわず術を放ちなさい。だが逆ならば必ず報いを受けるだろう。女神像は全てを見ているぞ」

 厳然と言い渡したグンナルが指し示したのは、最初から騒動を見下ろしていた、校長室の前の女神像だった。
 天秤を手にした巨大で厳かな女神像には、この廊下で悪事を働くと罰を与えるという噂がある。そしてグンナルが校長になってから設置された像に起こった噂のため、呪詛系魔術の第一人者である彼がそのような効果を付与した魔法道具だと考えられている。

「身内を優先して、私を脅すおつもりですか。あなたは誰に従うべきか、お分かりになる方だと思っていましたがね、校長先生」

 ベネディクトは遠回しに家門の力を仄めかせた。彼はエーベルゴート家の次期当主だ。若くして魔法警察の上級捜査官となっており、ゆくゆくはその組織の頂点に座るつもりだろう。他にもエーベルゴートの縁者である権力者は多数存在する。
 残念ながらベネディクトがその力を振るえば、実力でその座を掴んだルーヘシオンの校長であろうと、首を挿げ替えることが可能だと考えられた。

 アルヴィドは内心焦った。グンナルはかつて権力を追い求めるあまり道を誤り、イリスを信じず、そしてアルヴィドの復讐へ手を貸した。こうもあからさまに脅されて、揺らぎはしないかと。
 自分が売り渡されることはどうでもよかった。ただ、グンナルを許したいと口にしたイリスの目の前で、失望させるような真似は絶対にしてほしくなかった。彼の説得でイリスは治療を決断した。グンナルこそが、イリスがあれ以来信じることのできた最初の人間なのだ。

 だがグンナルに、それは全くの杞憂であった。

「脅す? 何のことを仰っているのか、わかりませんな。これはただの襟を正させてくれる荘厳な像に過ぎませんが。……それより、早く本庁へ戻られ、私が先ほど申し上げた捜査の進捗の遅れについての『意見』を、長官へお伝えになってはいかがだろうか」

 挑発的な苦言にベネディクトの笑顔の仮面が崩れ、アルヴィドへ向けていた杖の先端がぴくりと震える。

 まさか何か始まりやしないかとアルヴィドは固唾を呑んで見守ったが、ベネディクトは大人しく杖を下ろした。
 噂は知らずとも、グンナルの物言いや女神像から感じる魔力により、ベネディクトはそれが魔法道具だと察知したようだ。グンナルの実力を知る者であれば、彼の作った物へ安易に触れようとは考えない。

「ここはグンナル校長の顔を立てましょう。今日はこれで失礼します」

 踵を返したベネディクトは、そのまま塔の階段を下りていった。
 ただし振り返りざま、グンナルには見えない角度で、アルヴィドたちへ殺意のこもった視線を送るのを忘れなかった。
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