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後編
28.兄弟-4
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「――違う」
その背中に声をかけ立ち止まらせたのは、アルヴィドの後ろで震えていたはずのイリスだった。
今度はイリスの方が一歩前へ出る。
青ざめたまま、それでも背筋は伸ばして立っていた。
「彼はもう、異常者なんかじゃない。彼は自分のしたことではないと、罪から逃げられたのにそうしなかった。罪悪感に苛まれようと、自分もどれだけ傷つこうと、全て受け止めて、償おうとしている。人を陥れておきながら笑ってそれを語るあなたとは違う。アルヴィドは強い人。姑息な異常者はあなたの方よ!」
しっかりした声でベネディクトを痛罵したイリスは、息を切らしていた。
昔のアルヴィドにそっくりなベネディクトに触られ、恐怖で震えて呼吸が浅くなっていた。その状態で声を荒げたからだ。
「ふ、ふはははは!」
黙って聞いていたベネディクトは、やがて心底おかしそうに笑い声をあげた。
すっと振り返ろうとしたその瞬間。
右手がベルトへ伸びたのをアルヴィドは見逃さなかった。
「危ない!」
振り向きざまに杖を抜いたベネディクトは、イリスに対し詠唱無しで魔力を放った。
その魔力の塊は、庇うように前へ飛び出したアルヴィドの肩に直撃した。
「あがッ……!」
術ではないため甚大な被害はないが、シャツとその下の皮膚を焼き、焼け付いた傷痕から煙が上がっている。
「アルヴィド!」
うずくまったアルヴィドにイリスが駆け寄る。
だがベネディクトが次の手を打つかもしれない。
アルヴィドは膝をついて傷を診ようとしたイリスを無視して、その体を守るように後ろへ押しやり、自身も杖を構えた。
そんな二人のやり取りを、ベネディクトは口元へ笑みを浮かべながら、しかし目だけは怒りに燃やして見下ろしている。
「へぇ。自分を強姦した男にすり寄る阿婆擦れから、お説教されるとは思わなかったよ」
当然の指摘を受けてなお、ベネディクトに反省する様子はない。
彼にとって自分の復讐は絶対の正義なのだ。そのためには他人を犠牲にしてもいいと考えている。なぜなら、結局エーベルゴートの家で育った彼と昔のアルヴィドは、他人の心も、その命の価値も分からない、自分だけが唯一絶対の存在だと確信していたからだ。
むしろ、無価値な他人から異常者と呼ばれたことに激高しており、躊躇なく攻撃してきた。
「無理矢理ヤられて、そんなによかったか? なら、無職になったらお前が飼ってやれよ。金と女には困ってるから、喜んでまた犯してくれるだろうさ」
「黙れ、ベネディクト!」
「なんだ、もしかして淫魔の血が流れているのは本当だったのか? それならあなたが身を挺して助けるほど骨抜きにされてるのも納得がいくよ!」
聞くに堪えない暴言が、ベネディクトの顔への恐怖をかき消し、憤りで頭の中を塗り替えていく。
お互いに杖を突きつけあい、いつ魔術を放つかわからない緊迫した状況へ陥った。
その背中に声をかけ立ち止まらせたのは、アルヴィドの後ろで震えていたはずのイリスだった。
今度はイリスの方が一歩前へ出る。
青ざめたまま、それでも背筋は伸ばして立っていた。
「彼はもう、異常者なんかじゃない。彼は自分のしたことではないと、罪から逃げられたのにそうしなかった。罪悪感に苛まれようと、自分もどれだけ傷つこうと、全て受け止めて、償おうとしている。人を陥れておきながら笑ってそれを語るあなたとは違う。アルヴィドは強い人。姑息な異常者はあなたの方よ!」
しっかりした声でベネディクトを痛罵したイリスは、息を切らしていた。
昔のアルヴィドにそっくりなベネディクトに触られ、恐怖で震えて呼吸が浅くなっていた。その状態で声を荒げたからだ。
「ふ、ふはははは!」
黙って聞いていたベネディクトは、やがて心底おかしそうに笑い声をあげた。
すっと振り返ろうとしたその瞬間。
右手がベルトへ伸びたのをアルヴィドは見逃さなかった。
「危ない!」
振り向きざまに杖を抜いたベネディクトは、イリスに対し詠唱無しで魔力を放った。
その魔力の塊は、庇うように前へ飛び出したアルヴィドの肩に直撃した。
「あがッ……!」
術ではないため甚大な被害はないが、シャツとその下の皮膚を焼き、焼け付いた傷痕から煙が上がっている。
「アルヴィド!」
うずくまったアルヴィドにイリスが駆け寄る。
だがベネディクトが次の手を打つかもしれない。
アルヴィドは膝をついて傷を診ようとしたイリスを無視して、その体を守るように後ろへ押しやり、自身も杖を構えた。
そんな二人のやり取りを、ベネディクトは口元へ笑みを浮かべながら、しかし目だけは怒りに燃やして見下ろしている。
「へぇ。自分を強姦した男にすり寄る阿婆擦れから、お説教されるとは思わなかったよ」
当然の指摘を受けてなお、ベネディクトに反省する様子はない。
彼にとって自分の復讐は絶対の正義なのだ。そのためには他人を犠牲にしてもいいと考えている。なぜなら、結局エーベルゴートの家で育った彼と昔のアルヴィドは、他人の心も、その命の価値も分からない、自分だけが唯一絶対の存在だと確信していたからだ。
むしろ、無価値な他人から異常者と呼ばれたことに激高しており、躊躇なく攻撃してきた。
「無理矢理ヤられて、そんなによかったか? なら、無職になったらお前が飼ってやれよ。金と女には困ってるから、喜んでまた犯してくれるだろうさ」
「黙れ、ベネディクト!」
「なんだ、もしかして淫魔の血が流れているのは本当だったのか? それならあなたが身を挺して助けるほど骨抜きにされてるのも納得がいくよ!」
聞くに堪えない暴言が、ベネディクトの顔への恐怖をかき消し、憤りで頭の中を塗り替えていく。
お互いに杖を突きつけあい、いつ魔術を放つかわからない緊迫した状況へ陥った。
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