上 下
88 / 114
後編

28.兄弟-4

しおりを挟む
「――違う」

 その背中に声をかけ立ち止まらせたのは、アルヴィドの後ろで震えていたはずのイリスだった。

 今度はイリスの方が一歩前へ出る。
 青ざめたまま、それでも背筋は伸ばして立っていた。

「彼はもう、異常者なんかじゃない。彼は自分のしたことではないと、罪から逃げられたのにそうしなかった。罪悪感に苛まれようと、自分もどれだけ傷つこうと、全て受け止めて、償おうとしている。人を陥れておきながら笑ってそれを語るあなたとは違う。アルヴィドは強い人。姑息な異常者はあなたの方よ!」

 しっかりした声でベネディクトを痛罵したイリスは、息を切らしていた。
 昔のアルヴィドにそっくりなベネディクトに触られ、恐怖で震えて呼吸が浅くなっていた。その状態で声を荒げたからだ。

「ふ、ふはははは!」

 黙って聞いていたベネディクトは、やがて心底おかしそうに笑い声をあげた。

 すっと振り返ろうとしたその瞬間。
 右手がベルトへ伸びたのをアルヴィドは見逃さなかった。

「危ない!」

 振り向きざまに杖を抜いたベネディクトは、イリスに対し詠唱無しで魔力を放った。
 その魔力の塊は、庇うように前へ飛び出したアルヴィドの肩に直撃した。

「あがッ……!」

 術ではないため甚大な被害はないが、シャツとその下の皮膚を焼き、焼け付いた傷痕から煙が上がっている。

「アルヴィド!」

 うずくまったアルヴィドにイリスが駆け寄る。
 だがベネディクトが次の手を打つかもしれない。
 アルヴィドは膝をついて傷を診ようとしたイリスを無視して、その体を守るように後ろへ押しやり、自身も杖を構えた。

 そんな二人のやり取りを、ベネディクトは口元へ笑みを浮かべながら、しかし目だけは怒りに燃やして見下ろしている。

「へぇ。自分を強姦した男にすり寄る阿婆擦れから、お説教されるとは思わなかったよ」

 当然の指摘を受けてなお、ベネディクトに反省する様子はない。
 彼にとって自分の復讐は絶対の正義なのだ。そのためには他人を犠牲にしてもいいと考えている。なぜなら、結局エーベルゴートの家で育った彼と昔のアルヴィドは、他人の心も、その命の価値も分からない、自分だけが唯一絶対の存在だと確信していたからだ。

 むしろ、無価値な他人から異常者と呼ばれたことに激高しており、躊躇なく攻撃してきた。

「無理矢理ヤられて、そんなによかったか? なら、無職になったらお前が飼ってやれよ。金と女には困ってるから、喜んでまた犯してくれるだろうさ」
「黙れ、ベネディクト!」
「なんだ、もしかして淫魔の血が流れているのは本当だったのか? それならあなたが身を挺して助けるほど骨抜きにされてるのも納得がいくよ!」

 聞くに堪えない暴言が、ベネディクトの顔への恐怖をかき消し、憤りで頭の中を塗り替えていく。
 お互いに杖を突きつけあい、いつ魔術を放つかわからない緊迫した状況へ陥った。


しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?

もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。 王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト 悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

囚われの姉弟

折原さゆみ
恋愛
中道楓子(なかみちふうこ)には親友がいた。大学の卒業旅行で、親友から思わぬ告白を受ける。 「私は楓子(ふうこ)が好き」 「いや、私、女だよ」 楓子は今まで親友を恋愛対象として見たことがなかった。今後もきっとそうだろう。親友もまた、楓子の気持ちを理解していて、楓子が告白を受け入れなくても仕方ないとあきらめていた。 そのまま、気まずい雰囲気のまま卒業式を迎えたが、事態は一変する。 「姉ちゃん、俺ついに彼女出来た!」 弟の紅葉(もみじ)に彼女が出来た。相手は楓子の親友だった。 楓子たち姉弟は親友の乗附美耶(のつけみや)に翻弄されていく。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

処理中です...