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後編

28.兄弟-3

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 睨みつける兄を気分良く笑い飛ばしたベネディクトは、ようやく、アルヴィドの体勢に気付き、目を丸くした。
 アルヴィドは、イリスをかばうように立っている。先ほど割って入られたベネディクトは、兄がそうした理由を、まさかイリスを掴む腕を払うためとは考えもしていなかった。

 呆気にとられていたベネディクトは、やがて小ばかにするように吹き出した。

「なんです、それ。罪滅ぼしのつもりですか。人を人とも思わないあなたが? まともな人間なら、彼女の前に顔を出せませんよね。なぜ今ここにいるんです?」

 それはアルヴィドとて、言われなくても理解している。これがベネディクトに限らず、普通の反応だろう。だが、他でもないイリスが、その苦痛に耐えて治療を選んだのだ。何も知らないベネディクトの嘲笑は、的外れだ。

 しかし弟の顔を恐れ黙り込むアルヴィドに、ベネディクトは気をよくして更に嘲弄を並べ立てる。

「改心して真人間になったつもりでしょうが、恥ずかしげもなくこの場にいられるあなたは、根底は何も変わっていない異常者のままですよ」

 額がぶつかりそうになるほどぐっと顔を寄せたベネディクトは、制服の高い襟に指を掛け、少し引き下げた。
 そこから見えたのは、首の皮膚に走る古い、変色した惨い傷跡。

「あなたに魔術の実験台にされたこと、忘れていませんからね」

 冷笑から一転、殺意さえ感じられる怨讐の形相。

 アルヴィドはとある可能性に思い至ってしまった。
 通常魔術は繰り返し使用することで修練度が高まり、より本来得られる効果に近付く。逆にいえばあまり使ったことのない術は、精度が落ちる。
 ところがアルヴィドは、ルーヘシオンに入学した当初から、高い精度で人間用の治癒魔術を扱えて、深い外傷も跡形なく治してみせた記憶がある。治癒魔術など、そうそう使う機会はないにもかかわらずだ。

「まさか……」

 かつてのアルヴィドは自らの治癒魔術の修練のために、実の弟を練習台にしていたのだ。まだ精度が低かったから、彼にはこのような醜い傷跡が残っている。
 また、そもそも重傷を負う機会自体ないはずだ。従って、弟を魔術で傷つけ、それを治癒することを繰り返して修練を行っていた可能性が高い。

 背後でイリスの息を呑む音が聞こえる。彼女も、ベネディクトが執拗にアルヴィドを後継者の座から引きずり降ろそうとしていた理由が分かったのだ。そうされるだけの残酷な仕打ちを行い、深い恨みを買っている。

「あなたにまともな暮らしなどさせません。ここでの仕事が終わりさえすれば、次の仕事も、そのまた次も、一生あなたの居場所を消し続けてやりますよ」

 噛みつきそうなほど間近で呪いを吐いたベネディクトは、ようやくアルヴィドから離れた。

 ついに見つかった前職を解雇された理由は、会社の経営状態の悪化である。また、ルーヘシオンに雇われてすぐ、アルヴィドの素性に関する出所の分からない噂が流れた。偶然と思われていたが、そこにベネディクトが関与していたのかもしれない。
 だが、すべて自業自得だ。アルヴィドの過去の行いが、順番に返ってきているだけだ。

 口をつぐむアルヴィドに、ベネディクトは満足したのか踵を返して立ち去ろうとする。

「――違う」

 その背中に声をかけ立ち止まらせたのは、アルヴィドの後ろで震えていたはずのイリスだった。
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