【R-18】【完結】壊された二人の許しと治療

後編

27.希望-3

　イリスの現実との対峙訓練は、日中の勤務中セムラクを使用しない段階まで来ている。一方の、辛い記憶を思い返して語る過去との対峙訓練についても、順調な進捗を見せている。
　一度目は記憶に入り込み過ぎて錯乱してしまったが、回数を重ねるうちに、かなり落ち着いて語れるようになってきた。決定的な瞬間はまだ言葉が途切れるものの、間違いなく良くなっている。
　繰り返し記憶を辿ることで、辛くて目を背けていた記憶を冷静に見られるようになってくる。冷静に考えられるようになると、あの日のことに関するもの全てを闇雲に恐れることはなくなり、セムラクの解除中に湧き起こる不意の恐怖も減っていった。
　現実との対峙訓練はまだ課題がいくつか残っているが、過去との対峙訓練については次回で最後に出来ると考えている。

　アルヴィドにとって働き始めた頃のイリスは、自らの罪の象徴であり、罪悪感を強く呼び起こす恐ろしい存在だった。
　次に、隠していただけで、イリスの傷は癒えておらず、まだ過去は続いているのだと思い知った。彼女を苦しめないよう立ち去ろうと考えたが、今思えばそれは逃げようとしていたのかもしれない。去れば、彼女のためと面目を保ちつつ、自分は罪を突きつけられずに済む。
　償いのために治療へ協力し始めると、案の定彼女と衝突したし、アルヴィドも過去の記憶や罪悪感で頭がおかしくなりそうだった。常に、これがお前のしたことの結果だと目の当たりにさせられる。なのに、助けられない。

　アルヴィドは強くはない。男性恐怖症も長らく治療へ乗り出せなかった。加えて、治療してくれた老人会の恩人へ、治療が中途半端になってしまうとしても、過去の記憶を語れなかった。老人に、自らの犯した罪を知られるのが怖かったのだ。イリスへの治療の協力も、グンナルに強く要請されてのことだった。
　そんな弱いアルヴィドが、治療をグンナルへ押し付けることなく、逃げ出さずにやってこれたのは、イリスの強さのおかげだ。
　イリスは、アルヴィドからすれば余程強い人だ。学生時代には自らの力でアルヴィドに復讐を遂げた。あんなことがあって、他人など誰一人信じられなくなっても、それでも人と関わる仕事を選んだ。自分と同じく辛い記憶を持つ患者の治療も行っている。
　そして今、よりによって彼女を壊したアルヴィドとの治療を受け入れてでも、自分を治そうと懸命に努力している。弱気になっても、心を奮い立たせ、必ず前に一歩進む。自分が治ることで、グンナルすら許したいと口にした。
　いつしかアルヴィドは、治療を償いという半ば義務のようには感じなくなった。自分のためではなく、彼女に前へ進んで欲しいから、彼女に未来を見て欲しいから、何としてでもイリスを治す。
　最早アルヴィドにとってイリスは、罪の象徴ではなかった。