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後編
25.上級捜査官-1
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自分の授業を終えたイリスは、グンナルに会うため校長室へ向かっていた。
以前襲撃を受け、アルヴィドが捕まえた反政府組織の男。魔法警察へ引き渡されたその男に関する捜査が、終盤に差し掛かっているそうだ。今日、魔法警察の捜査官からグンナルへ、経過報告がされるという。その後で共有を受けるため、訪問の約束をしている。
イリスはおよそ四か月前まで、自分の編み出した記憶分離の魔術を使い、忘れなくては生活できないほど辛い目に遭った人への治療を行っていた。その対象者は国立病院からの紹介に限っていたが、イリスの記憶分離を狙って、反政府組織の男が患者の一人に成り代わって襲撃してきたのだ。本来の患者は殺されてしまった。
なぜ極秘である患者の情報が漏れたのか、そこが明らかになって対処されるまでは、他の患者とイリスが危ない。そのため治療は中止となっていた。
イリスは自分の過去の経験があるからこそ、記憶分離による緊急治療の必要性も理解している。また、記憶分離は心の傷の原因の記憶を思い出し過ぎていると、使えなくなってしまう。だから、患者たちのためにも、早く治療を再開できないかと待ち望んでいた。
◆
気持ちの逸りに合わさり急いた足取りで、塔の最上階まで上り、校長室の前へたどり着いた。
丁度その時、校長室から男が出てくる。
「では失礼します」
扉を閉めて、振り返ったその男の顔に、イリスは息を詰めた。
背の高い、同年代の男。明るい金髪と青い瞳。男の顔は、学生時代のアルヴィド・エーベルゴートそっくりだった。
嫌な汗が出てくる。
現在のアルヴィドがほとんど平気になってきた理由は、彼の中身が変わったこともあるが、何より外見が異常な変貌を遂げており、もはや別人の域だったからだ。
過去との対峙訓練で記憶をよく思い出し、アルヴィド本人と少し似ている人の区別がつくようになってきた。なので、昔の彼に似ている同僚のカッセルとも、二人きりは無理だが、職員室等の人前なら話せるようになってきた。
だが、この男は、似すぎている。
「これは、セーデルルンド先生」
男はにこやかに挨拶をしてきた。
心臓が跳ねる。なぜイリスを知っているのか。
イリスは努めて自分に言い聞かせる。
そっくりだが、怖がる必要はない。男は魔法警察の制服を着ている。制服の形と階級章からして上級捜査官と推測される。そしてグンナルの客人なのだから、身元は確か。危害を加えられることなどない。
似ていても、これは安全な状況なはずだ。
「お久しぶりです」
歩み寄った男が握手を求めて手を差し出してくる。
まだ他人と接触する訓練はしていない。男と、それも昔のアルヴィドと似たこの人物との接触に、緊張が高まる。
だが、セムラクを使っていなくても、まだ恐れが残っていても、以前のイリスとは違う。アルヴィドと二人で、努力してきたのだ。
(大丈夫。危険はない……)
イリスは今のアルヴィドがよく使う言葉で自らを奮い立たせた。
いつの間にか自分の左手を逆の手で握りしめていたイリスは、それを離し、男の手を握る。
「ど、どうも……」
軽く握手してすぐに戻すつもりが、男にしっかり握られてしまった。
「ひ……」
イリスは顔と声を引きつらせた。グンナルの客人への無礼を申し訳なく思うが、どうしても無理だ。
男に気を悪くした様子はなく、ふっと笑みを見せた。
その爽やかな笑顔が、本当に昔のアルヴィドに似ており、ますます吐き気がする。
「覚えていないでしょう」
気がそれていたが、男はイリスを知っているようだった。
イリスは動揺で肯定してしまう。
「同じ学年だった、ベネディクト・エーベルゴートですよ」
彼は、話したこともない、アルヴィドの実弟だった。
以前襲撃を受け、アルヴィドが捕まえた反政府組織の男。魔法警察へ引き渡されたその男に関する捜査が、終盤に差し掛かっているそうだ。今日、魔法警察の捜査官からグンナルへ、経過報告がされるという。その後で共有を受けるため、訪問の約束をしている。
イリスはおよそ四か月前まで、自分の編み出した記憶分離の魔術を使い、忘れなくては生活できないほど辛い目に遭った人への治療を行っていた。その対象者は国立病院からの紹介に限っていたが、イリスの記憶分離を狙って、反政府組織の男が患者の一人に成り代わって襲撃してきたのだ。本来の患者は殺されてしまった。
なぜ極秘である患者の情報が漏れたのか、そこが明らかになって対処されるまでは、他の患者とイリスが危ない。そのため治療は中止となっていた。
イリスは自分の過去の経験があるからこそ、記憶分離による緊急治療の必要性も理解している。また、記憶分離は心の傷の原因の記憶を思い出し過ぎていると、使えなくなってしまう。だから、患者たちのためにも、早く治療を再開できないかと待ち望んでいた。
◆
気持ちの逸りに合わさり急いた足取りで、塔の最上階まで上り、校長室の前へたどり着いた。
丁度その時、校長室から男が出てくる。
「では失礼します」
扉を閉めて、振り返ったその男の顔に、イリスは息を詰めた。
背の高い、同年代の男。明るい金髪と青い瞳。男の顔は、学生時代のアルヴィド・エーベルゴートそっくりだった。
嫌な汗が出てくる。
現在のアルヴィドがほとんど平気になってきた理由は、彼の中身が変わったこともあるが、何より外見が異常な変貌を遂げており、もはや別人の域だったからだ。
過去との対峙訓練で記憶をよく思い出し、アルヴィド本人と少し似ている人の区別がつくようになってきた。なので、昔の彼に似ている同僚のカッセルとも、二人きりは無理だが、職員室等の人前なら話せるようになってきた。
だが、この男は、似すぎている。
「これは、セーデルルンド先生」
男はにこやかに挨拶をしてきた。
心臓が跳ねる。なぜイリスを知っているのか。
イリスは努めて自分に言い聞かせる。
そっくりだが、怖がる必要はない。男は魔法警察の制服を着ている。制服の形と階級章からして上級捜査官と推測される。そしてグンナルの客人なのだから、身元は確か。危害を加えられることなどない。
似ていても、これは安全な状況なはずだ。
「お久しぶりです」
歩み寄った男が握手を求めて手を差し出してくる。
まだ他人と接触する訓練はしていない。男と、それも昔のアルヴィドと似たこの人物との接触に、緊張が高まる。
だが、セムラクを使っていなくても、まだ恐れが残っていても、以前のイリスとは違う。アルヴィドと二人で、努力してきたのだ。
(大丈夫。危険はない……)
イリスは今のアルヴィドがよく使う言葉で自らを奮い立たせた。
いつの間にか自分の左手を逆の手で握りしめていたイリスは、それを離し、男の手を握る。
「ど、どうも……」
軽く握手してすぐに戻すつもりが、男にしっかり握られてしまった。
「ひ……」
イリスは顔と声を引きつらせた。グンナルの客人への無礼を申し訳なく思うが、どうしても無理だ。
男に気を悪くした様子はなく、ふっと笑みを見せた。
その爽やかな笑顔が、本当に昔のアルヴィドに似ており、ますます吐き気がする。
「覚えていないでしょう」
気がそれていたが、男はイリスを知っているようだった。
イリスは動揺で肯定してしまう。
「同じ学年だった、ベネディクト・エーベルゴートですよ」
彼は、話したこともない、アルヴィドの実弟だった。
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