上 下
57 / 114
中編

19.アルヴィドの地獄-1

しおりを挟む
 初回の面談の翌週、イリスとアルヴィドはまた隣町の公園にいた。先週と同じように、二人でベンチに間を広く空けて座っている。

「……努力、しているな」

 手帳を渡し、平日に取り組んできた課題の記録を見せると、アルヴィドはそれを細かく読み込んだ。苦痛の度合いの数値の変遷もよく見ている。

「今の課題でほとんど不安にならなくなったら、少しずつ、負荷の高い課題へ移っていけばいい」

 臙脂色の手帳を返してきたので、イリスはそれを受け取った。
 今は、セムラクを使っていない。先ほど解除して、先週のように落ち着くまでしばらく待ってからこの話題へ入った。

「今日は――」
「本当に、覚えていないのですか」

 アルヴィドが本題に入る前に、イリスは率直な疑問をぶつけた。どうしても、本人の口から聞いておきたかった。

 僅かに目を見開いたアルヴィドは、イリスの問いかけの意味や理由に思い至ったようで、困ったように眉を下げた。

「グンナル先生から聞いたのか。あの人、お喋り……というより、お節介だな。心配しなくても、君にしたことは忘れていない」

 まだ納得した様子を見せないイリスに、アルヴィドは遠くへ視線を投げかけながら語り始めた。

「……気が付いた時には、もう以前の自分ではなくなっていた」



 ある日急に、見知らぬ部屋で意識が戻った。目覚めたのとは違う。呆けていたところへ肩を叩かれて気が付いたような、覚醒状態からの続きだった。
 目の前では、誰かわからない壮年の男がアルヴィドへ杖を向けていた。何かの術をかけ終わったところのようだ。
 男はもうアルヴィドへ興味を失っていて、言葉をかけてくることもなく部屋を出ていった。後から思い出したが、それがエーベルゴート家の当主であり、実父だった。最後の対面になった。

 随分立派な家で、豪奢な内装の邸宅の中を、使用人らしき男に先導されて歩いていく。何が起きているのか理解できなかったが、頭がぼんやりしていたおかげで逆に慌てることもなかった。
 馬車で鉄道の駅まで送られ、そこからは一人になった。自分がルーヘシオン魔術学校の七年生で、休学を終えて学校へ戻るのだということは思い出した。汽車の乗り方もわかる。

 これから学校へ帰る、つまり先程までいた場所へ自力で行ったはずなのに、あそこが一体どこだったのか思い出せない。
 流れていく車窓の景色を眺めながら、動かない頭で緩慢に思考していると、学校での記憶が少しずつ引き出されてきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

隠された王女~王太子の溺愛と騎士からの執愛~

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
グルブランソン国ヘドマン辺境伯の娘であるアルベティーナ。幼い頃から私兵団の訓練に紛れ込んでいた彼女は、王国騎士団の女性騎士に抜擢される。だが、なぜかグルブランソン国の王太子が彼女を婚約者候補にと指名した。婚約者候補から外れたいアルベティーナは、騎士団団長であるルドルフに純潔をもらってくれと言い出す。王族に嫁ぐには処女性が求められるため、それを失えば婚約者候補から外れるだろうと安易に考えたのだ。ルドルフとは何度か仕事を一緒にこなしているため、アルベティーナが家族以外に心を許せる唯一の男性だったのだが――

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...