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中編
19.アルヴィドの地獄-1
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初回の面談の翌週、イリスとアルヴィドはまた隣町の公園にいた。先週と同じように、二人でベンチに間を広く空けて座っている。
「……努力、しているな」
手帳を渡し、平日に取り組んできた課題の記録を見せると、アルヴィドはそれを細かく読み込んだ。苦痛の度合いの数値の変遷もよく見ている。
「今の課題でほとんど不安にならなくなったら、少しずつ、負荷の高い課題へ移っていけばいい」
臙脂色の手帳を返してきたので、イリスはそれを受け取った。
今は、セムラクを使っていない。先ほど解除して、先週のように落ち着くまでしばらく待ってからこの話題へ入った。
「今日は――」
「本当に、覚えていないのですか」
アルヴィドが本題に入る前に、イリスは率直な疑問をぶつけた。どうしても、本人の口から聞いておきたかった。
僅かに目を見開いたアルヴィドは、イリスの問いかけの意味や理由に思い至ったようで、困ったように眉を下げた。
「グンナル先生から聞いたのか。あの人、お喋り……というより、お節介だな。心配しなくても、君にしたことは忘れていない」
まだ納得した様子を見せないイリスに、アルヴィドは遠くへ視線を投げかけながら語り始めた。
「……気が付いた時には、もう以前の自分ではなくなっていた」
◆
ある日急に、見知らぬ部屋で意識が戻った。目覚めたのとは違う。呆けていたところへ肩を叩かれて気が付いたような、覚醒状態からの続きだった。
目の前では、誰かわからない壮年の男がアルヴィドへ杖を向けていた。何かの術をかけ終わったところのようだ。
男はもうアルヴィドへ興味を失っていて、言葉をかけてくることもなく部屋を出ていった。後から思い出したが、それがエーベルゴート家の当主であり、実父だった。最後の対面になった。
随分立派な家で、豪奢な内装の邸宅の中を、使用人らしき男に先導されて歩いていく。何が起きているのか理解できなかったが、頭がぼんやりしていたおかげで逆に慌てることもなかった。
馬車で鉄道の駅まで送られ、そこからは一人になった。自分がルーヘシオン魔術学校の七年生で、休学を終えて学校へ戻るのだということは思い出した。汽車の乗り方もわかる。
これから学校へ帰る、つまり先程までいた場所へ自力で行ったはずなのに、あそこが一体どこだったのか思い出せない。
流れていく車窓の景色を眺めながら、動かない頭で緩慢に思考していると、学校での記憶が少しずつ引き出されてきた。
「……努力、しているな」
手帳を渡し、平日に取り組んできた課題の記録を見せると、アルヴィドはそれを細かく読み込んだ。苦痛の度合いの数値の変遷もよく見ている。
「今の課題でほとんど不安にならなくなったら、少しずつ、負荷の高い課題へ移っていけばいい」
臙脂色の手帳を返してきたので、イリスはそれを受け取った。
今は、セムラクを使っていない。先ほど解除して、先週のように落ち着くまでしばらく待ってからこの話題へ入った。
「今日は――」
「本当に、覚えていないのですか」
アルヴィドが本題に入る前に、イリスは率直な疑問をぶつけた。どうしても、本人の口から聞いておきたかった。
僅かに目を見開いたアルヴィドは、イリスの問いかけの意味や理由に思い至ったようで、困ったように眉を下げた。
「グンナル先生から聞いたのか。あの人、お喋り……というより、お節介だな。心配しなくても、君にしたことは忘れていない」
まだ納得した様子を見せないイリスに、アルヴィドは遠くへ視線を投げかけながら語り始めた。
「……気が付いた時には、もう以前の自分ではなくなっていた」
◆
ある日急に、見知らぬ部屋で意識が戻った。目覚めたのとは違う。呆けていたところへ肩を叩かれて気が付いたような、覚醒状態からの続きだった。
目の前では、誰かわからない壮年の男がアルヴィドへ杖を向けていた。何かの術をかけ終わったところのようだ。
男はもうアルヴィドへ興味を失っていて、言葉をかけてくることもなく部屋を出ていった。後から思い出したが、それがエーベルゴート家の当主であり、実父だった。最後の対面になった。
随分立派な家で、豪奢な内装の邸宅の中を、使用人らしき男に先導されて歩いていく。何が起きているのか理解できなかったが、頭がぼんやりしていたおかげで逆に慌てることもなかった。
馬車で鉄道の駅まで送られ、そこからは一人になった。自分がルーヘシオン魔術学校の七年生で、休学を終えて学校へ戻るのだということは思い出した。汽車の乗り方もわかる。
これから学校へ帰る、つまり先程までいた場所へ自力で行ったはずなのに、あそこが一体どこだったのか思い出せない。
流れていく車窓の景色を眺めながら、動かない頭で緩慢に思考していると、学校での記憶が少しずつ引き出されてきた。
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