上 下
54 / 114
中編

18.他人事-1

しおりを挟む
 アルヴィドとの初回の面談を終えた翌日。イリスは校長室を訪ねていた。
 昨日設定された課題に取り組むため、グンナルへ協力を依頼した。彼は現在、隣の私室で準備をしており、イリスはそれを待っている。

 この日取り組む課題は、セムラクを使わずにグンナルと対面することだった。
 課題をこなす際には自分の恐怖の度合いを測り、そしてそれが収まるまでその場に留まる必要があるため、感情を先送りするセムラクを使ってはならない。
 校長室へ着いてから、セムラクを解除した。

 グンナルに対しては、やはり弱みを握っていたことや、既に二人きりで話すことを繰り返していたためか、セムラクを解除してもそこまで不安にはならなかった。
 『セムラクなしで外出すること』に紐づき、その前段階として設定されている課題の一つ目が、このグンナルとの対面だ。これはもうほぼ問題なかったので、次の、研究室の前の廊下へ誰もいない時に出る課題へ移ってもいいかもしれない。

 恐怖の度合いを手帳に書き込むと、イリスは続いて『店以外で他人から出された飲み物に口をつけること』に挑戦してみようと考えた。
 そこでグンナルに内容を説明して、彼に飲み物を用意してもらうことになった。今隣室で作ってもらっている。

「待たせたな」

 それにしても時間がかかっていると思い始めた頃に、ようやくグンナルが校長室へ戻ってきた。

「……先生、これは何ですか?」

 グンナルがイリスの前へ置いた、厚手の陶器のカップ。そこから湯気を立ち上らせるのは、限りなく黒色に近い緑の液体だった。においはあまりしない。
 カップを手に取って揺らしても、中身があまり動かないほどの粘度だ。ヘドロと形容しても失礼には当たらなさそうな、むしろそれにしか見えない何か。

「魔法薬だ。肝臓と腎臓の機能向上を主目的に調合した」

 丸テーブルの対面の席に着いたグンナルの手には、普通のお茶のカップがある。

 再び自分の前のカップへ視線を落とし、イリスは生唾を飲みこんだ。
 通常魔法薬は、飲みやすさを度外視して作られる。味を誤魔化せるという範疇にない素材を原料とすることと、調味系の素材を加えるとせっかくの魔法的な作用が損なわれる場合があるからだ。

 セムラクを使っていないため、イリスが尻込みしていることはグンナルにもよく分かっただろう。
 いつも通り眉間にしわを寄せながら、しっかり念押ししてくる。

「飲みなさい」

 何か飲み物を用意してほしいと頼んだ手前、わがままは言えない。一般的なものを指定しなかったイリスの落ち度だ。

「……いただきます」

 意を決して口をつけると、どろりとした糊状のものがゆっくり流れ込んできて、苦味と塩味と酸味と辛味の、各方面へ振り切った表現しがたい味わいが舌を突き刺した。

「うっ、ふぐ……」

 一口だけでも味覚が破壊されそうだ。イリスは何としても吐き出すまいと口元を押さえる。

「少しずつ飲むように。一度に飲むと負担がかかる」

 一気に片を付けることも許されない。また、効能から推測されるこの魔法薬の材料は、水を含めたほぼ全てのものと飲み合わせが悪いので、別の飲み物で流し込むとか、何か食べて誤魔化すとか、そういったこともできない。

 ただし、グンナルが嫌がらせでそうしているわけではないと、イリスはわかっている。
 鎮静剤の多用で、イリスの内臓機能、特に肝臓と腎臓に悪影響が出ている。今のところ食欲不振や倦怠感しか症状はないが、放っておいてもあまり良くはならない。また、体内には鎮静剤の主原料である規制植物の成分が蓄積されており、自然な代謝に任せるには時間がかかる。検査をされれば私的流用がすぐにわかってしまう。
 体から薬の成分を早急に排出し、弱った内臓の機能を回復させるために、グンナルは頼んでもいないのに手間暇のかかる魔法薬を用意してくれた。イリスが規制植物の横領で逮捕されても、グンナルに大した被害がないことは先般の理解の通りである。

 セムラクを解除して接すると、グンナルの心はすんなりと伝わって受け取れるようになった。彼はイリスを心配している。本当に、学生時代とは違うのだ。

 イリスはグンナルの心遣いの不味さに時折痙攣しつつ、ゆっくりそれを飲み下していった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

隠された王女~王太子の溺愛と騎士からの執愛~

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
グルブランソン国ヘドマン辺境伯の娘であるアルベティーナ。幼い頃から私兵団の訓練に紛れ込んでいた彼女は、王国騎士団の女性騎士に抜擢される。だが、なぜかグルブランソン国の王太子が彼女を婚約者候補にと指名した。婚約者候補から外れたいアルベティーナは、騎士団団長であるルドルフに純潔をもらってくれと言い出す。王族に嫁ぐには処女性が求められるため、それを失えば婚約者候補から外れるだろうと安易に考えたのだ。ルドルフとは何度か仕事を一緒にこなしているため、アルベティーナが家族以外に心を許せる唯一の男性だったのだが――

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...