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中編

17.恐怖の低減-3

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 どれほど時間が経ったのかわからないが、イリスはやがて呼吸が落ち着いてきたことに気付いた。
 立ち上がれないほどの体の震えも収まり、まるで今触れられているかのような、鮮烈な記憶の想起もなくなっている。

 恐る恐る顔を上げると、公園の端の方に、アルヴィドが背を向けて立っている。
 その後ろ姿に、また喉を絞められるような息苦しさがぶり返す。だが、それ以上にはならない。

 これがアルヴィドの説明した、不安な状況へ身を置き続ければ、恐怖が低減するということなのだろう。息のし辛さや脈の速さなど、体にはまだ症状が残っている。不安や恐怖は消えていない。それでも、減ってはいる。

 それを自覚した途端、アルヴィドが指輪の圧力から解放されたように身じろぎし、振り返った。やはり生気のないやつれた顔をしている。
 アルヴィドは一歩こちらへ戻り、ためらっているのかまた後ろを向きかける。それから、意を決したようにベンチの方まで歩き出した。

 彼が近づくにつれ、体が強張っていく。

「耐えきれたんだな……」

 まだ少し離れたまま、ベンチの座面に置かれたイリスの杖を見止めて、アルヴィドは僅かに目を細めた。イリスはセムラクをかけ直さなかった。

「今の恐怖は、先ほどより減っているか?」
「……そう思います」

 杖を手にしていないが、アルヴィドのことは指輪で操れるし、魔法契約があるので攻撃される心配もない。イリスはそう頭の中で繰り返した。

「座っても構わないか」
「……どうぞ」

 視界へ入れないよう顔を背けて答えると、アルヴィドはまたベンチの端に座った。

「君は、一歩前に進んだ。怖くても、今また術をかけたり、私から離れて逃げたりしては意味がない。このまましばらく過ごす」

 再度近づいたため、イリスの不安が戻りつつあることを感じ取ったのか、アルヴィドは改めて念押しした。

 イリスは指輪を嵌めた方の手を、逆の手でぎゅっと握りしめる。
 セムラクで感情を先送りにしていた時と違って、何かあっても冷静に対処できないかもしれない。

「落ち着け。合理的に考えるんだ。指輪と魔法契約で、私は絶対に君へ危害を加えられない。……それにほら、警官が、普段利用者のない公園で何をしているのかよく分からない男女を、訝しげに見ている。何かが起きたとしても、彼らがすぐに駆け付けるだろう」

 道路を挟んで立つ警察署の入り口へ、つられて目を向ける。
 アルヴィドの言った通り、署の前に立つ警察官がこちらを見ているようにも思えなくもない。表情まではともかく、事件が起きれば視界に入るだろうから、飛んでくるはずだ。

 アルヴィドが隣にいてセムラクも使えないから、不安な状況ではある。だが、彼に危害は加えられないし、警察署の前だから、危険な状況ではない。
 今は、危険な状況を我慢しているのではない。これは不安だが実際は安全な状況だから、避ける必要はない。理解すれば徐々に落ち着くはず。
 イリスは自分へ言い聞かせて、逃げ出したくなる気持ちが無くなるよう祈った。
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