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中編
16.現実との対峙-3
しおりを挟む二人がやってきたのは、魔法警察署の隣にある売店だった。
開放型で客が外から欲しいものを伝える、中には店員一人と在庫しか入らない小規模な売店だ。菓子類や雑誌、飲み物等が並んでいる。
「温かいものがあれば、それを二つ」
不愛想な店員はアルヴィドの注文に特段返事もせず、金属製のカップに茶色い液体を注ぎ始める。茶葉とスパイスを牛乳で煮だした、こういった売店でよく販売されている飲み物だ。
アルヴィドが台に注文総額分の硬貨を置くので、イリスはすかさず自分の代金をその隣へ出す。彼に飲み物代を出されるいわれはない。一拍手を止めたアルヴィドは、自らの出した硬貨の半分を戻した。
「私の手元をよく見ておけ」
店員が飲み物の入ったカップを台へ並べた。それをアルヴィドが受け取り、売店の前に出してある立位で使うテーブルまで運ぶ。
イリスはアルヴィドの言葉の意味が理解できなかったが、言われた通り目を離さないようにした。
「君が苦痛に思う状況の中に、店以外で他人から出された飲み物に口をつけることがあった」
学生時代、アルヴィドにジュースへ薬を盛られ、抵抗できなくなったところを犯された。以来、出所のわからない飲み物全てが危険に思えて、口をつけられなくなった。どうしても飲まなくてはならない場合は、密かに使い魔に毒見させてから飲んでいる。その隙もなければ、どうせセムラクを使っていれば拒否反応は出ないので、諦めて飲む。そして自室へ帰ってから吐き戻している。
「これは今そこの売店で買った物だが、私の手を経由した。君が苦痛に思って避けている状況だ」
アルヴィドはイリスの前に、カップを一つ置いた。湯気と共にスパイスの香りが立ち上る。
「飲めるか?」
試されているかのような不快感を覚えつつ、イリスは手袋を嵌めたままカップを手に取った。取っ手が無いのでそのままでは熱くて持てない。
そして一口飲んで見せた。冬の冷気に晒された体に染み渡る。
「おそらく、そこまで抵抗感なく口にできたと思う。私から出された物ではあるが、ついさっき売店の店員が用意したし、運ぶ間君は目を離さなかった。私が何もしていないことを目で確かめている。だから、この飲み物が安全だと、理解できている。それで飲めた」
イリスがこれを飲めた理由は、アルヴィドの語った通りだ。まず店で購入したものは、店員が無差別に危害を加えようとしていない限り一律に安全と考えている。そしてアルヴィドの手に一旦渡ってしまったが、意図せず見張っていたので引き続き安全が担保されていた。
「この治療は、不安な状況にとにかく身を置けばいいのではない。重要なのは、避けていた状況に身を置いても、危険はないと心から納得することだ。だから、その状況が終わればようやく危険から逃れられる、この一杯さえ我慢して飲めばいい、と言い聞かせるのはよくない。それでは結局、その状況を危険だと思い込んでいるからだ」
つまり、崖から飛び降りるかのような気持ちで、課題から早く逃れるために取り組んでは意味がないということだ。安全だと納得した上で臨まなくてはならない。
「理解、しました」
設定された課題の通りの行動を、ただこなせば治るのではない。彼が最初に述べた通り、相当の努力が必要な治療だ。
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