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中編
16.現実との対峙-2
しおりを挟む説明がひと段落すると、アルヴィドは手帳と万年筆を取り出した。手帳は手のひらほどの小ぶりなもので、臙脂色をしている。それをベンチの座面へ置き、イリスの方へ押し滑らせた。
「君が避けていることを、思いつく限り全部書き出してくれ」
イリスは受け取って、手帳のページをざっと繰った。白紙しかない、新品のようだ。
「例えば、君が危険を感じる状況。実際に危険かは考えなくていい。次に心の傷を想起させる状況。それからベゼルスのように、以前は楽しめていたのに、やめてしまったこと」
先日挙げた、セムラクなしでの外出、男性と二人きりになること、アルヴィドと同僚のカッセルを視界に入れることを含め、思い出しながら書き出していく。
長い時間をかけて書き終わると、アルヴィドは次の指示をした。
「それぞれ恐怖の度合いが異なると思う。それをするとどれぐらい苦痛があるか、感覚でいいから数字で評価をつけてくれ」
常からセムラクで感情を先送りしているため、どの程度苦痛に感じるかわからない項目もあったが、言われた通り感覚的に数値を書き込んでいく。平常時を零として、最大値を百に設定した。やはり先日挙げた状況が苦痛の度合いは高くなる。
「できました」
手帳と万年筆を渡すと、アルヴィドは書き込まれた内容を確認する。
「ではこれから、君の書き出した状況に対して、細分化した課題を設定していく」
アルヴィドはイリスに各状況について聞き取りをしつつ、手帳の別のページへ書き込みをする。
セムラクなしでの外出に対しては、苦痛の弱い順に次のような課題を設けられた。
・グンナル先生と術を使わずに会う。校長室へ行くまでは術を使っていてもいい。
・研究室の前の廊下へ、誰もいない時に、術を使わず出る。誰か来たら室内へ戻ってもいい。
・術を使わずに低学年までの授業をする。解除とかけ直しは教科準備室で行う。
・術を使わずに高学年の授業をする。
・授業時間以外の日中の勤務中も術を解除しておく。学校行事などで外部の人が校内に入る日は除く。
・術を使わずに町へ出る。一つ以上の店に入り店員と会話すること。慣れるまでは商品の質問など世間話でなくてもいい。
イリスはアルヴィドに似た容姿の男を除いた場合、知らない相手や想定されない会話をしなくてはならない状況に、より苦痛を感じる。そのためまずはグンナルとの対面や、誰とも会わない外出を設定された。次に忌避感の少ない生徒たちと、想定外の会話の発生しづらい授業中をセムラクなしで過ごす。最終的には、誰と出くわしどのような会話をするか想像のつかない、町への外出を行う。
他の状況についても、課題が設定され、また手帳を渡される。
「これから日々自主的に課題へ取り組んでいってくれ。実施した日時と、不安の度合いの実施前後、それと最も不安の高まった時の値を記録するように。手帳は毎週、面談の際に確認する」
そう言いつけてから、アルヴィドは立ち上がる。
「一つ試しにやってみよう。来てくれ」
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