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中編
15.症状-1
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「今日は、先日概要を説明した、君が現実に避けていることへ向き合う治療を行う」
イリスはアルヴィドによると外傷神経症という心の病を患っている。その原因は、彼にされたことによる心の傷だ。その心の傷へ向き合わなくては、病は治らない。
外傷神経症の症状として、逆行再現と呼ばれる些細なことをきっかけとした記憶の再体験と、心の傷の原因となった記憶に関することを避ける回避行動が挙げられた。
あの記憶はセムラクにより飼いならせているとイリスは思っていた。だが、実際にはそれすら回避行動だったという。
回避行動は二種類に分けられる。一つは頭の中で、心の傷の原因について考えないようにすること。もう一つは現実で、それを想起させる状況を遠ざけること。
そしてこの二つへの向き合い方として、前者は記憶を他人へ語ること、後者は避けている状況へ少しずつ慣らしていくことを説明された。
今回はこの後者についての治療を進める。
「だがその前に、少し教えておくことがある。君の身に起きたことのように、心の傷になるほどの経験が、人の内面へどのような影響を与えるかだ。一般的に、であって、必ずしも君と全部一致するとは限らない」
まずアルヴィドが説明したのは、いくつかの感情だった。
「深い心の傷を負うと、何でもない時に、急に不安になったり、怖くなったりする。それから、以前より神経質になるとか、悲観的になることもある」
「それは……、よくわかりません。外ではセムラクを使っているので何も感情が湧きませんから」
自室でセムラクを解除すれば、反作用としてそれらの感情に陥ることもある。だがそれはアルヴィドの言うように、例えば突然沸き起こった恐怖なのか、何らかのきっかけがあって生じた恐怖なのか、いつのどれが先送りされたのか正確にはわからない。
アルヴィドや彼に似た男と会うこと、男と二人きりになることなど、いくつか認識している恐怖の原因はある。それらは解除時の反作用が大きく、日中の出来事として目星をつけやすかったため判明している。
「確かに君の場合は、きっかけと感情の発露の時間差で、対応関係が不明確だ。今後はセムラクを解除して外出する訓練も行う。その際、急な不安や恐怖に襲われたら、何が原因か意識してみてくれ」
続いて、何種類かの記憶の再体験を挙げる。
「次に、逆行再現や悪夢がある。今まさに起きているかのように、過去の記憶が想起されたり、記憶そのものや似た光景を夢に見たりする」
「よく、あります」
きっかけとなる出来事に遭遇したとき、脳裏に鮮明な記憶がよみがえる。そういう日は夢に見ることもある。日中に逆行再現が起きた時は、セムラクのおかげで何事もないふりをしていられる。
「それは、君の脳が、辛い記憶を理解しようとしているために起きる。今は、自主的には過去のことを考えないようにしているから、君の頭は起きた出来事を消化できていない。君の脳は、君にその記憶の整理をさせたくて、何度も見せている」
「なぜ脳はそのようなことをするのですか」
「理解しがたいその出来事が、怖いからだ。また自分を脅かすのではないかと。もう起きないとか、こうすれば対処できるとか、理解し、安心したがっている」
イリスはアルヴィドによると外傷神経症という心の病を患っている。その原因は、彼にされたことによる心の傷だ。その心の傷へ向き合わなくては、病は治らない。
外傷神経症の症状として、逆行再現と呼ばれる些細なことをきっかけとした記憶の再体験と、心の傷の原因となった記憶に関することを避ける回避行動が挙げられた。
あの記憶はセムラクにより飼いならせているとイリスは思っていた。だが、実際にはそれすら回避行動だったという。
回避行動は二種類に分けられる。一つは頭の中で、心の傷の原因について考えないようにすること。もう一つは現実で、それを想起させる状況を遠ざけること。
そしてこの二つへの向き合い方として、前者は記憶を他人へ語ること、後者は避けている状況へ少しずつ慣らしていくことを説明された。
今回はこの後者についての治療を進める。
「だがその前に、少し教えておくことがある。君の身に起きたことのように、心の傷になるほどの経験が、人の内面へどのような影響を与えるかだ。一般的に、であって、必ずしも君と全部一致するとは限らない」
まずアルヴィドが説明したのは、いくつかの感情だった。
「深い心の傷を負うと、何でもない時に、急に不安になったり、怖くなったりする。それから、以前より神経質になるとか、悲観的になることもある」
「それは……、よくわかりません。外ではセムラクを使っているので何も感情が湧きませんから」
自室でセムラクを解除すれば、反作用としてそれらの感情に陥ることもある。だがそれはアルヴィドの言うように、例えば突然沸き起こった恐怖なのか、何らかのきっかけがあって生じた恐怖なのか、いつのどれが先送りされたのか正確にはわからない。
アルヴィドや彼に似た男と会うこと、男と二人きりになることなど、いくつか認識している恐怖の原因はある。それらは解除時の反作用が大きく、日中の出来事として目星をつけやすかったため判明している。
「確かに君の場合は、きっかけと感情の発露の時間差で、対応関係が不明確だ。今後はセムラクを解除して外出する訓練も行う。その際、急な不安や恐怖に襲われたら、何が原因か意識してみてくれ」
続いて、何種類かの記憶の再体験を挙げる。
「次に、逆行再現や悪夢がある。今まさに起きているかのように、過去の記憶が想起されたり、記憶そのものや似た光景を夢に見たりする」
「よく、あります」
きっかけとなる出来事に遭遇したとき、脳裏に鮮明な記憶がよみがえる。そういう日は夢に見ることもある。日中に逆行再現が起きた時は、セムラクのおかげで何事もないふりをしていられる。
「それは、君の脳が、辛い記憶を理解しようとしているために起きる。今は、自主的には過去のことを考えないようにしているから、君の頭は起きた出来事を消化できていない。君の脳は、君にその記憶の整理をさせたくて、何度も見せている」
「なぜ脳はそのようなことをするのですか」
「理解しがたいその出来事が、怖いからだ。また自分を脅かすのではないかと。もう起きないとか、こうすれば対処できるとか、理解し、安心したがっている」
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