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中編
13.心の病気と治療法-3
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「二つ目は、記憶を整理して、今の自分に起きていることではないと理解する方法。具体的には、その時の記憶を反復する。つまり、記憶を詳しく探り、経験したことを、口に出して語る」
「……あなたに?」
「そうだ」
「あなたにされたことを、あなたへ、つぶさに語れと?」
言外に正気を問う言葉に、アルヴィドは手を組み替えて落ち着かない様子を見せた。
「嫌悪感があるのは分かっている。私に限らず、誰かへ話すことも負担があるだろう。だが、どれも嫌ばかりでは先に進まない。逮捕されたくなければ、ごまかしが利くうちに治療するしかない。他人に知られたくないのなら、この場の人間で対処するしかない。治療に関する経験があるのは私だけだ。私がやるしかない」
「一つ目の方法だけでは、治らないのですか」
「両面から進める必要がある。これらの治療法は、私が編み出したわけではない。男性恐怖症が治っていない時に知り合った人から教わった。その人は両方を一体として実施する必要があると語っていたし、私もそう実感している」
より症状が悪化しそうな治療法に躊躇したイリスは、意見を聞こうか迷ってグンナルへ目を向けた。すると既にイリスの方を見ていたグンナルは、真剣な表情で、しっかりと頷いた。
背中を押すようなその素振りに、イリスは覚悟を決める。
「……続きを、どうぞ」
「最後に、この治療の効果だ。分かっていると思うがこの治療は、君の時間と努力が必要で、精神的負荷も大きい。それでいて、君の記憶分離の魔術のように、過去の出来事を綺麗に忘れられるようなものではない。だが、心の傷の支配から、自分を取り戻せる。記憶と向き合って整理すれば、辛い記憶であろうと、思い返しても冷静でいられるようになる。どれだけ苦しくて恐ろしくても、思い返すことそれ自体は危険ではないと理解できる。いずれは過去を想起させる近い状況に触れても、恐怖は減るだろう。突然やってくる過去の記憶に押し流されることはなくなり、怖くとも、記憶から自分の心身の主導権を守り通せる。向き合えば、着実に快方へ向かう」
相当な荒療治だが、乗り越えれば、イリスは元の自分に戻れるのかもしれないと考えた。
今は毎朝部屋を出る前にセムラクを施し、過去を思い出させる状況に遭遇しないことを願い、出発している。そして帰ってくると術を解除して、反作用で襲いくる恐怖に震えて自分を失う。
おそらくイリスの心は死に瀕しており、セムラクの濫用のせいで、喜びや幸福などの明るい感情を味わわなくなって久しい。未来と呼ばれる漠然とした、どこか楽観的な響きのあるそれも、まるで想像できない。イリスが見つめているのは、過去のあの日のことだけだ。
かつてはそのようなことはなかった。
逮捕されないようにだとか目先の目的だけではなく、もう忘れてしまった、普通の生き方に戻れるのであれば。
たとえ憎い相手に治療を頼まなくてはならないとしても、イリスの中には僅かな期待が生まれていた。
「……あなたに?」
「そうだ」
「あなたにされたことを、あなたへ、つぶさに語れと?」
言外に正気を問う言葉に、アルヴィドは手を組み替えて落ち着かない様子を見せた。
「嫌悪感があるのは分かっている。私に限らず、誰かへ話すことも負担があるだろう。だが、どれも嫌ばかりでは先に進まない。逮捕されたくなければ、ごまかしが利くうちに治療するしかない。他人に知られたくないのなら、この場の人間で対処するしかない。治療に関する経験があるのは私だけだ。私がやるしかない」
「一つ目の方法だけでは、治らないのですか」
「両面から進める必要がある。これらの治療法は、私が編み出したわけではない。男性恐怖症が治っていない時に知り合った人から教わった。その人は両方を一体として実施する必要があると語っていたし、私もそう実感している」
より症状が悪化しそうな治療法に躊躇したイリスは、意見を聞こうか迷ってグンナルへ目を向けた。すると既にイリスの方を見ていたグンナルは、真剣な表情で、しっかりと頷いた。
背中を押すようなその素振りに、イリスは覚悟を決める。
「……続きを、どうぞ」
「最後に、この治療の効果だ。分かっていると思うがこの治療は、君の時間と努力が必要で、精神的負荷も大きい。それでいて、君の記憶分離の魔術のように、過去の出来事を綺麗に忘れられるようなものではない。だが、心の傷の支配から、自分を取り戻せる。記憶と向き合って整理すれば、辛い記憶であろうと、思い返しても冷静でいられるようになる。どれだけ苦しくて恐ろしくても、思い返すことそれ自体は危険ではないと理解できる。いずれは過去を想起させる近い状況に触れても、恐怖は減るだろう。突然やってくる過去の記憶に押し流されることはなくなり、怖くとも、記憶から自分の心身の主導権を守り通せる。向き合えば、着実に快方へ向かう」
相当な荒療治だが、乗り越えれば、イリスは元の自分に戻れるのかもしれないと考えた。
今は毎朝部屋を出る前にセムラクを施し、過去を思い出させる状況に遭遇しないことを願い、出発している。そして帰ってくると術を解除して、反作用で襲いくる恐怖に震えて自分を失う。
おそらくイリスの心は死に瀕しており、セムラクの濫用のせいで、喜びや幸福などの明るい感情を味わわなくなって久しい。未来と呼ばれる漠然とした、どこか楽観的な響きのあるそれも、まるで想像できない。イリスが見つめているのは、過去のあの日のことだけだ。
かつてはそのようなことはなかった。
逮捕されないようにだとか目先の目的だけではなく、もう忘れてしまった、普通の生き方に戻れるのであれば。
たとえ憎い相手に治療を頼まなくてはならないとしても、イリスの中には僅かな期待が生まれていた。
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