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前編

10.提案-4

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「いいか。これは共犯者としての頼みではない。お前の上司としての命令だ。適切な専門家に協力を仰ぎ、セムラクへの依存を治せ」

 イリスは何かこの場をやり過ごせる言葉を探したが、結局口をつぐんだ。

 逮捕などされたくないし、鎮静剤の濫用もできることなら抑えたい。そう思いながらイリスが頑ななのは、根本原因であるセムラクへの依存の対応方法にあった。
 イリス一人では、セムラクへの依存の治療法がわからない。セムラクを使って外出し始めた最初の頃、無理に術を使わず部屋を出ようとしてみた。けれども、屋外で何かの拍子にアルヴィドの幻を見れば、震えて泣き叫ぶ無様な姿を晒すことになる。その恐怖で結局外へ出られず、無理をしようとすればまだ外へ出てもいないのに震えが止まらなくなった。

 自分だけで治せないのなら、グンナルの言うように専門家の治療を受けるべきなのだろう。だがそのためには、医師へ過去に何があったのか、なぜセムラクに頼らねばならなくなったのか、つまびらかにしなくてはならない。

『私にはこの記憶を、鏡なしで他人へ共有できる準備があります。私が無実だったと証明されれば、私の潔白を信じず、偏見からまともな調査をしないで停学処分を下した先生は、果たして教師のままでいられますか?』

 かつてアルヴィドへの復讐にグンナルを協力させた脅迫。グンナルはイリスが、あの記憶を他人に見られても平気だと言葉通り受け取ったのかもしれない。
 しかしこれは、虚勢だった。
 記憶分離の魔術という、共有する方法があることに嘘はない。だがイリスは、自分がアルヴィドに凌辱された事実を誰にも知られたくなかった。
 一人では復讐を成しえないから、やむを得ずグンナルには記憶を見せた。それも苦渋の選択だった。もうこの世の誰にも、あれを見られたくない。その事実を知られたくない。

「……部外者に協力を仰ぐつもりはありません。治療は、自分でどうにかします。放っておいてください」
「セーデルルンド……!」

 まだ言い募ろうとするグンナルに、イリスは背を向けた。
 今は魔術で冷静でも、通常時の自分が心から受け入れ可能な、納得のいく方法が思いつかない。ここで心情を無視した選択をすることを避けるため、イリスは校長室から逃げ帰ろうとしていた。

「もし、他人に事情を話せないというのなら――」

 続けられた言葉に、イリスは扉へかけた手を止める。

「既に事情を知っている、アルヴィドを治療へ協力させろ」

 扉の取っ手を握ったまま振り向くと、グンナルの真剣な目とかち合う。冗談を言っている様子はなかった。

 セムラクで感情は抑えられていても、自身が何を感じるかは、一歩引いた場所から眺めるように分かる。

「先生がそのような下らない提案をなさるとは思いませんでした」

 解除時に起きるであろう怒りと軽蔑をこの場における態度で示すため、吐き捨てるように言い放ってイリスは校長室を後にした。
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