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前編

10.提案-3

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「薬はセムラクの使用をやめなくては減らないだろう。反作用があるから薬など必要になるのだ。正常にその都度感情を受け止めていれば、あのような強力な薬草を原料とする薬は不要なはずだ。まずはセムラクへの依存を治しなさい」

 イリスの方も好きで使っているわけではない。
 全校生徒の頂点に立つ善良な男がイリスを凌辱し、その後優等生のはずだった彼女の無実を誰も信じず嘲笑した。このような経験をして、部屋の外、すなわち他人との接触が自らを傷つけないなどと、なぜ楽観視できるというのか。いつ何時、あの時の記憶がよみがえって錯乱するかわからないのに。
 イリスが外へ出るためには、心を傷つけられないように守るものが必要だった。それがセムラクだ。
 単なる感情の先送りであっても、その場では冷静に対処できる。傷つく姿を見られずに済む。部屋で一人反作用に耐えれば、何もなかったことにできる。

「たやすく仰いますが、私がなぜセムラクに頼るのか、先生にはお分かりでしょう。あれはもう無かったことにはできないのです。私もできることなら忘れてしまいたい。けれど、些細なことがきっかけでよみがえってきます。あれが誰かの前で起きたらと思うと、セムラクなしに外出なんてできません。どうせ避けられない恐怖なら、せめてどこで受け止めるかを選びたいだけです」
「それで行き着く先が、規制植物の横領の罪で逮捕か」
「逮捕されたとしても、昔のことを暴露などしませんよ。それでは先生の裏切りではなく私の逆恨みになりますから、契約違反です」
「そのような事を話しているのではない」

 反論するイリスに、グンナルは顔をしかめた。だが不快の表情ではない。まるで憐れむような、苦悩と悲しさの混じった目をしている。
 彼のそんな表情を、イリスは初めて見た。

「今なら引き返せる。治そうとしなければ、その最も不幸な道を進み続けるだけだ。お前はそれで構わないのか」

 この言葉は、どのような意図なのか。イリスはグンナルの目的が分からなかった。

 グンナルは自分の経歴を傷つけないために、イリスに協力した。そして同時にその事実が、彼の新たな弱みとなっている。彼の行動原理は保身のはずだ。
 イリスが薬草の私的流用で逮捕されても、直接関係ない昔の話を口にはできない。裏切られない限り口外しないという魔法契約を結んでいるからだ。にもかかわらず、グンナルは食い下がってくる。

 先ほどは脅すように彼の責任もちらつかせたが、実際のところイリスが捕まろうと、グンナルに大した影響はない。過年度の薬草の消費量はそこまで不審なものではなかったため、当年度に急増して発見したという筋書で自然だし、異常を適時に調べたのだから管理者としての責任を十分果たしている。罷免されるほどではない。
 むしろイリスが捕まった方が、グンナルにとっては都合が良い。こうして近くにいて関係性が続いているから、裏切りと認識される状況にも陥るのだ。逮捕され離れてしまえば、関係は断たれ、グンナルの弱みをイリスが暴露することはなくなる。

「いいか。これは共犯者としての頼みではない。お前の上司としての命令だ。適切な専門家に協力を仰ぎ、セムラクへの依存を治せ」

 イリスは何かこの場をやり過ごせる言葉を探したが、結局口をつぐんだ。
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