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前編

10.提案-1

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 イリスがアルヴィドを解雇できる証拠を突きつけたというのに、グンナルはすぐに承知しなかった。
 しばらく目を閉じて何やら考え込んだ後、意を決したように瞼を開ける。

「ひとつ、尋ねたいことがある」

 グンナルは机の引き出しから帳面を取り出し、あるページを開いてイリスの前へ差し出した。
 イリスは受け取って、書かれている内容へ目を走らせる。それは危険な薬草など特定の材料や道具についての、在庫管理簿だった。そしてグンナルが示したページは、強い鎮静作用のある薬草の記録票。

「セーデルルンド。お前はこの薬草を、研究目的として使用しているな。その上、今年度に入ってからは消費量が右肩上がりに増加している」

 その薬草は、強力な鎮静剤の材料だった。肉体の痛みや、精神的な不安を落ち着ける効果がある。服用を繰り返すと当初の量では効かなくなり、量が増える。そして大量の摂取を長い間続けると、内臓の機能を損なう。
 セムラクをかけている間に先送りした感情は、解除時に一気に押し寄せる。外出時、常に術を使用しているイリスは、毎日部屋へ戻ってからそれに耐えていた。だが、耐えきれない時には、鎮静剤を飲むこともあった。
 アルヴィドと再会する前は、同じ部屋で男と二人きりになった日や、彼と似た容姿の男と出くわした日に、我慢しきれず鎮静剤に頼ってしまっていた。現在はアルヴィドと接触せざるを得なかった日には必ず服用する羽目になっている。その頻度と量は以前と比べ急激に増え、体調も悪化していた。

「記憶分離の研究の過程で使用しております。具体的なことはグンナル先生であってもお答えできません」

 イリスは平然と嘘を述べたが、グンナルが納得していないのは明らかだ。
 手を伸ばしてイリスから管理簿を奪う。

「この記録は、半年に一度、魔法薬事局へ提出する必要がある。このまま提出すれば、使用量の異常を調査するために検査官が押しかけてくるだろう。お前の体を調べられれば、言い逃れはできないぞ」

 専門家が調査すれば、入手した薬草を全てイリスが自ら摂取して消費したと判明するだろう。この薬草は資格のある医療機関や研究機関でのみ使用が許されており、かつそこでの使用目的も明確に規定されている。研究のためではなく、鎮静剤にして自分で飲むことは違法行為にあたる。

「では疑念を持たれない内容に書き変えてください。これまでも保管庫から私への薬草の払い出しはありました。仮に、私が目的外の利用を行っているとして、現在だけでなく過去からのその状況を看過していたあなたも、ただでは済まないでしょう、校長先生」

 冷静でなければグンナルに脅されていると焦っただろうが、主導権はまだイリスにある。
 彼は保身のために、生徒であったアルヴィドへ拘束魔術をかけ、実質危害を加えた男だ。そこまでして守った、現在はさらに高まった地位を損なうことなどしない。
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