【R-18】【完結】壊された二人の許しと治療

雲走もそそ

文字の大きさ
上 下
24 / 114
前編

8.救出-3

しおりを挟む

「くっ……!」

 男が杖を向けるより早く、粉塵の中から飛び込んできたアルヴィドの魔術が迸る。
 床から生えた岩の巨人の手のひらが、男の体をさらい、壁へ叩きつけた。

 石壁にひびが入るほどの衝撃で磔にされ、男は内臓を破損したらしく血を吐いた。そのまま白目をむいて気絶し、手から杖が抜け落ちる。

「無事か!?」

 診察台に横たわるイリスの元へ、アルヴィドが駆け寄った。
 服を破かれ上半身を晒し、顔や手に暴力の痕があり、力なく体を投げ出している様に眉をひそめる。

「……すぐ治す」

 アルヴィドは治癒と再生の魔術をイリスへ施した。
 すぐに負傷と痛みは消え、破れた服も元通りになる。
 あの日凌辱されたイリスと同じように。

 アルヴィドの体越しの景色が、薄暗い研究室ではなく、明るいあの部屋へ変わる。イリスは、自分が横たわっているのが、診察台なのか、古びたソファなのか判別できなくなった。

「起きられるか」

 起こそうと背中と肩にかけられた手の感触に、イリスの頭の中で何かが割れる音が響く。
 セムラクの術が、破れた。

「い、やああああああああっ!」

 寸前に動けるようになった体は、泣き叫び、アルヴィドの手を払いのけた。

 怖い。
 気持ち悪い。
 男の声。
 痛い。
 怖い。
 手足をもがれる。
 怖い。
 気持ち悪い。
 怖い。
 助かった。
 アルヴィド。
 怖い。
 また、触った。

「ああ、ああああっ、うぅっ」

 イリスの中に、先送りにしてきた感情が、術が破れたために増幅されて一斉になだれ込んだ。

 何が現実かも分からない。
 かつてイリスを壊した男が、そこにいる。
 もうしないと言って出ていったのに、また部屋の中にいる。
 今は動ける。逃げたい。逃げなくては。

 恐慌状態のまま診察台を転げ落ち、その陰に隠れるようにうずくまるが、アルヴィドが追いかけて目の前にかがむ。

「落ち着け。もう大丈夫だ」

 正面から伸ばされる手。
 だがこれは、イリスの体を嬲った、あのアルヴィドの手だ。

「いやあぁっ! 触らな――、うぐ、うぇっ」

 強烈な不快感を耐えきれず、胃の中のものを吐き出してしまった。

「こないで。こないで……」

 なるべく遠く。部屋の隅まで這って逃げ、膝を抱えて震える。

 アルヴィドはイリスの様相に目を丸くし、手を伸ばしたまま固まっていたが、やがて自分の手のひらを見つめて納得したように呟いた。

「そうか、僕か……」



 その後、イリスが自分を取り戻したのは、研究室の隣にある私室のベッドの上だった。
 錯乱していても記憶はある。アルヴィドはグンナルを呼び、経緯を説明して男を引き渡し、処遇を任せた。そしてイリスの研究室を修復して立ち去った。人の気配がなくなってから、イリスは自分にとっての安全地帯である私室のベッドへ潜り込んだ。

 震える惨めな姿を晒したことは悔やまれるが、その相手がアルヴィドとグンナルだけであったのは不幸中の幸いだ。他の人では、アルヴィドへあれほど拒絶反応を示す理由を勘繰られたかもしれない。

 しかし疑問が生じた。なぜアルヴィドはイリスの危機に都合よく現れたのか。
 扉を破壊し、男が身構えるより先に呪文を唱えて攻撃できた。事前に室内の状況を知っていたことになる。
 また、まともに話せなくなっていたイリスに代わり、彼がグンナルへ事情を説明していた。研究室で男がイリスへ振るった暴力や脅しまで認識していたのだ。

 ある可能性に思い至ったイリスはベッドから起き出し、杖を片手に研究室へ戻った。
しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...