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前編
8.救出-3
しおりを挟む「くっ……!」
男が杖を向けるより早く、粉塵の中から飛び込んできたアルヴィドの魔術が迸る。
床から生えた岩の巨人の手のひらが、男の体をさらい、壁へ叩きつけた。
石壁にひびが入るほどの衝撃で磔にされ、男は内臓を破損したらしく血を吐いた。そのまま白目をむいて気絶し、手から杖が抜け落ちる。
「無事か!?」
診察台に横たわるイリスの元へ、アルヴィドが駆け寄った。
服を破かれ上半身を晒し、顔や手に暴力の痕があり、力なく体を投げ出している様に眉をひそめる。
「……すぐ治す」
アルヴィドは治癒と再生の魔術をイリスへ施した。
すぐに負傷と痛みは消え、破れた服も元通りになる。
あの日凌辱されたイリスと同じように。
アルヴィドの体越しの景色が、薄暗い研究室ではなく、明るいあの部屋へ変わる。イリスは、自分が横たわっているのが、診察台なのか、古びたソファなのか判別できなくなった。
「起きられるか」
起こそうと背中と肩にかけられた手の感触に、イリスの頭の中で何かが割れる音が響く。
セムラクの術が、破れた。
「い、やああああああああっ!」
寸前に動けるようになった体は、泣き叫び、アルヴィドの手を払いのけた。
怖い。
気持ち悪い。
男の声。
痛い。
怖い。
手足をもがれる。
怖い。
気持ち悪い。
怖い。
助かった。
アルヴィド。
怖い。
また、触った。
「ああ、ああああっ、うぅっ」
イリスの中に、先送りにしてきた感情が、術が破れたために増幅されて一斉になだれ込んだ。
何が現実かも分からない。
かつてイリスを壊した男が、そこにいる。
もうしないと言って出ていったのに、また部屋の中にいる。
今は動ける。逃げたい。逃げなくては。
恐慌状態のまま診察台を転げ落ち、その陰に隠れるようにうずくまるが、アルヴィドが追いかけて目の前にかがむ。
「落ち着け。もう大丈夫だ」
正面から伸ばされる手。
だがこれは、イリスの体を嬲った、あのアルヴィドの手だ。
「いやあぁっ! 触らな――、うぐ、うぇっ」
強烈な不快感を耐えきれず、胃の中のものを吐き出してしまった。
「こないで。こないで……」
なるべく遠く。部屋の隅まで這って逃げ、膝を抱えて震える。
アルヴィドはイリスの様相に目を丸くし、手を伸ばしたまま固まっていたが、やがて自分の手のひらを見つめて納得したように呟いた。
「そうか、僕か……」
◆
その後、イリスが自分を取り戻したのは、研究室の隣にある私室のベッドの上だった。
錯乱していても記憶はある。アルヴィドはグンナルを呼び、経緯を説明して男を引き渡し、処遇を任せた。そしてイリスの研究室を修復して立ち去った。人の気配がなくなってから、イリスは自分にとっての安全地帯である私室のベッドへ潜り込んだ。
震える惨めな姿を晒したことは悔やまれるが、その相手がアルヴィドとグンナルだけであったのは不幸中の幸いだ。他の人では、アルヴィドへあれほど拒絶反応を示す理由を勘繰られたかもしれない。
しかし疑問が生じた。なぜアルヴィドはイリスの危機に都合よく現れたのか。
扉を破壊し、男が身構えるより先に呪文を唱えて攻撃できた。事前に室内の状況を知っていたことになる。
また、まともに話せなくなっていたイリスに代わり、彼がグンナルへ事情を説明していた。研究室で男がイリスへ振るった暴力や脅しまで認識していたのだ。
ある可能性に思い至ったイリスはベッドから起き出し、杖を片手に研究室へ戻った。
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