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前編
8.救出-2
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「やっぱり、ちょっとゆっくりしていこうか」
そう言って笑った男の手は、イリスの服の前立てを腹部の辺りまで無理矢理開いた。千切れ飛んだボタンがぱらぱらと床へ散らばる。
下着の中へ潜り込んできた手が、乳房を形が歪むほど無遠慮に揉みしだく。イリスは痛みに眉をひそめた。ごくわずかに、体を動かせるようになってきている。
「あんた、イイよなぁ。黒が似合ってるよ。喪服の未亡人みたいで」
覆い被さる男が学生時代のアルヴィドに重なる幻視をして、イリスは目を逸らした。
このまま体を消費されて、更にその後どこかへ誘拐されるのだろう。淡々と予想できるほど、身の危険にも、脳裏によみがえる記憶にも、イリスはひどく冷静だった。まだセムラクの効果が続いているからだ。
この状況は、イリスの強固な術の許容量を超える恐怖には達していない。だがもう少しで、おそらくまた自分の体が引き裂かれる頃に、いよいよ耐えきれなくなって術も破れるだろうと見積もっている。そうなれば今日、特に先ほどから受けている精神的負荷が一気になだれ込んで、無事ではいられない。
この男にそんな醜態をさらす羽目になるのはご免だったが、できる抵抗は限られている。
「さわら、ないで」
力の入っていない手で、イリスは体をまさぐる男の腕を掴む。
何の意味もない行為だった。
それでも、あの日体が動いていたら、アルヴィドにしたかったことだ。恐くて結局何もできなかったかもしれない。だが、言葉だけでも拒絶の意思を示せていたら、きっと今なお続く悪夢の後、強烈な無力感を覚えずに済んだ。
自分は悪くない。なのに相手が学校一の優等生であることと周囲の目は、イリスの口をつぐませ、誰にも被害を訴えられなかった。頭の中に、イリスの想像上の誰かの声が響く。アルヴィドがそんなことするはずない。お前が誘ったんじゃないのか。拒まなかったじゃないか、と。薬で抵抗できなかったのだと、イリスだけは知っている。しかし頭の中の声はそれを信じてくれず、抵抗しなかったことを責め立てた。
手に必死に力を込める。自分の腕を持ち上げるのすらやっとのことだ。
これは男と、あの日のアルヴィドへの抵抗だった。
「さっき……」
男は拳を払うようにしてイリスの頬を打った。
重い音がして、頭を揺らされたイリスは一瞬気が遠くなり、遅れて頬に痛みと熱がやってくる。
「大人しくしろって、聞こえなかったか?」
がたん、と診察台を揺らして、男はイリスの上へ馬乗りになった。
杖を取り出し、先端をイリスの二の腕に当てる。足や空いた手で体を押さえ込まれていて身動きを取れない。
杖に魔力がこもり、呪文が唱えられる。爆発の魔術の文言だ。
「うっ……」
左腕をもがれる痛みを覚悟し、イリスはぐっと歯を食いしばる。
その時、男の詠唱が終わる前に爆発音が響いた。
鍵をかけておいた扉が木っ端みじんになり、破片が室内へばら撒かれる。
塵煙の中から飛び込んできたのは、アルヴィドだった。
そう言って笑った男の手は、イリスの服の前立てを腹部の辺りまで無理矢理開いた。千切れ飛んだボタンがぱらぱらと床へ散らばる。
下着の中へ潜り込んできた手が、乳房を形が歪むほど無遠慮に揉みしだく。イリスは痛みに眉をひそめた。ごくわずかに、体を動かせるようになってきている。
「あんた、イイよなぁ。黒が似合ってるよ。喪服の未亡人みたいで」
覆い被さる男が学生時代のアルヴィドに重なる幻視をして、イリスは目を逸らした。
このまま体を消費されて、更にその後どこかへ誘拐されるのだろう。淡々と予想できるほど、身の危険にも、脳裏によみがえる記憶にも、イリスはひどく冷静だった。まだセムラクの効果が続いているからだ。
この状況は、イリスの強固な術の許容量を超える恐怖には達していない。だがもう少しで、おそらくまた自分の体が引き裂かれる頃に、いよいよ耐えきれなくなって術も破れるだろうと見積もっている。そうなれば今日、特に先ほどから受けている精神的負荷が一気になだれ込んで、無事ではいられない。
この男にそんな醜態をさらす羽目になるのはご免だったが、できる抵抗は限られている。
「さわら、ないで」
力の入っていない手で、イリスは体をまさぐる男の腕を掴む。
何の意味もない行為だった。
それでも、あの日体が動いていたら、アルヴィドにしたかったことだ。恐くて結局何もできなかったかもしれない。だが、言葉だけでも拒絶の意思を示せていたら、きっと今なお続く悪夢の後、強烈な無力感を覚えずに済んだ。
自分は悪くない。なのに相手が学校一の優等生であることと周囲の目は、イリスの口をつぐませ、誰にも被害を訴えられなかった。頭の中に、イリスの想像上の誰かの声が響く。アルヴィドがそんなことするはずない。お前が誘ったんじゃないのか。拒まなかったじゃないか、と。薬で抵抗できなかったのだと、イリスだけは知っている。しかし頭の中の声はそれを信じてくれず、抵抗しなかったことを責め立てた。
手に必死に力を込める。自分の腕を持ち上げるのすらやっとのことだ。
これは男と、あの日のアルヴィドへの抵抗だった。
「さっき……」
男は拳を払うようにしてイリスの頬を打った。
重い音がして、頭を揺らされたイリスは一瞬気が遠くなり、遅れて頬に痛みと熱がやってくる。
「大人しくしろって、聞こえなかったか?」
がたん、と診察台を揺らして、男はイリスの上へ馬乗りになった。
杖を取り出し、先端をイリスの二の腕に当てる。足や空いた手で体を押さえ込まれていて身動きを取れない。
杖に魔力がこもり、呪文が唱えられる。爆発の魔術の文言だ。
「うっ……」
左腕をもがれる痛みを覚悟し、イリスはぐっと歯を食いしばる。
その時、男の詠唱が終わる前に爆発音が響いた。
鍵をかけておいた扉が木っ端みじんになり、破片が室内へばら撒かれる。
塵煙の中から飛び込んできたのは、アルヴィドだった。
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