上 下
23 / 114
前編

8.救出-2

しおりを挟む
「やっぱり、ちょっとゆっくりしていこうか」

 そう言って笑った男の手は、イリスの服の前立てを腹部の辺りまで無理矢理開いた。千切れ飛んだボタンがぱらぱらと床へ散らばる。

 下着の中へ潜り込んできた手が、乳房を形が歪むほど無遠慮に揉みしだく。イリスは痛みに眉をひそめた。ごくわずかに、体を動かせるようになってきている。

「あんた、イイよなぁ。黒が似合ってるよ。喪服の未亡人みたいで」

 覆い被さる男が学生時代のアルヴィドに重なる幻視をして、イリスは目を逸らした。

 このまま体を消費されて、更にその後どこかへ誘拐されるのだろう。淡々と予想できるほど、身の危険にも、脳裏によみがえる記憶にも、イリスはひどく冷静だった。まだセムラクの効果が続いているからだ。
 この状況は、イリスの強固な術の許容量を超える恐怖には達していない。だがもう少しで、おそらくまた自分の体が引き裂かれる頃に、いよいよ耐えきれなくなって術も破れるだろうと見積もっている。そうなれば今日、特に先ほどから受けている精神的負荷が一気になだれ込んで、無事ではいられない。
 この男にそんな醜態をさらす羽目になるのはご免だったが、できる抵抗は限られている。

「さわら、ないで」

 力の入っていない手で、イリスは体をまさぐる男の腕を掴む。
 何の意味もない行為だった。

 それでも、あの日体が動いていたら、アルヴィドにしたかったことだ。恐くて結局何もできなかったかもしれない。だが、言葉だけでも拒絶の意思を示せていたら、きっと今なお続く悪夢の後、強烈な無力感を覚えずに済んだ。
 自分は悪くない。なのに相手が学校一の優等生であることと周囲の目は、イリスの口をつぐませ、誰にも被害を訴えられなかった。頭の中に、イリスの想像上の誰かの声が響く。アルヴィドがそんなことするはずない。お前が誘ったんじゃないのか。拒まなかったじゃないか、と。薬で抵抗できなかったのだと、イリスだけは知っている。しかし頭の中の声はそれを信じてくれず、抵抗しなかったことを責め立てた。

 手に必死に力を込める。自分の腕を持ち上げるのすらやっとのことだ。
 これは男と、あの日のアルヴィドへの抵抗だった。

「さっき……」

 男は拳を払うようにしてイリスの頬を打った。
 重い音がして、頭を揺らされたイリスは一瞬気が遠くなり、遅れて頬に痛みと熱がやってくる。

「大人しくしろって、聞こえなかったか?」

 がたん、と診察台を揺らして、男はイリスの上へ馬乗りになった。
 杖を取り出し、先端をイリスの二の腕に当てる。足や空いた手で体を押さえ込まれていて身動きを取れない。
 杖に魔力がこもり、呪文が唱えられる。爆発の魔術の文言だ。

「うっ……」

 左腕をもがれる痛みを覚悟し、イリスはぐっと歯を食いしばる。

 その時、男の詠唱が終わる前に爆発音が響いた。
 鍵をかけておいた扉が木っ端みじんになり、破片が室内へばら撒かれる。

 塵煙の中から飛び込んできたのは、アルヴィドだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜

まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください! 題名の☆マークがえっちシーンありです。 王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。 しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。 肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。 彼はやっと理解した。 我慢した先に何もないことを。 ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。 小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。

冷酷無比な国王陛下に愛されすぎっ! 絶倫すぎっ! ピンチかもしれませんっ!

仙崎ひとみ
恋愛
子爵家のひとり娘ソレイユは、三年前悪漢に襲われて以降、男性から劣情の目で見られないようにと、女らしいことを一切排除する生活を送ってきた。 18歳になったある日。デビュタントパーティに出るよう命じられる。 噂では、冷酷無悲な独裁王と称されるエルネスト国王が、結婚相手を探しているとか。 「はあ? 結婚相手? 冗談じゃない、お断り」 しかし両親に頼み込まれ、ソレイユはしぶしぶ出席する。 途中抜け出して城庭で休んでいると、酔った男に絡まれてしまった。 危機一髪のところを助けてくれたのが、何かと噂の国王エルネスト。 エルネストはソレイユを気に入り、なんとかベッドに引きずりこもうと企む。 そんなとき、三年前ソレイユを助けてくれた救世主に似た男性が現れる。 エルネストの弟、ジェレミーだ。 ジェレミーは思いやりがあり、とても優しくて、紳士の鏡みたいに高潔な男性。 心はジェレミーに引っ張られていくが、身体はエルネストが虎視眈々と狙っていて――――

義兄様に弄ばれる私は溺愛され、その愛に堕ちる

一ノ瀬 彩音
恋愛
国王である義兄様に弄ばれる悪役令嬢の私は彼に溺れていく。 そして彼から与えられる快楽と愛情で心も身体も満たされていく……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【完結】【R18】男色疑惑のある公爵様の契約妻となりましたが、気がついたら愛されているんですけれど!?

夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
「俺と結婚してくれたら、衣食住完全補償。なんだったら、キミの実家に支援させてもらうよ」 「え、じゃあ結婚します!」 メラーズ王国に住まう子爵令嬢マーガレットは悩んでいた。 というのも、元々借金まみれだった家の財政状況がさらに悪化し、ついには没落か夜逃げかという二択を迫られていたのだ。 そんな中、父に「頼むからいい男を捕まえてこい!」と送り出された舞踏会にて、マーガレットは王国の二大公爵家の一つオルブルヒ家の当主クローヴィスと出逢う。 彼はマーガレットの話を聞くと、何を思ったのか「俺と契約結婚しない?」と言ってくる。 しかし、マーガレットはためらう。何故ならば……彼には男色家だといううわさがあったのだ。つまり、形だけの結婚になるのは目に見えている。 そう思ったものの、彼が提示してきた条件にマーガレットは飛びついた。 そして、マーガレットはクローヴィスの(契約)妻となった。 男色家疑惑のある自由気ままな公爵様×貧乏性で現金な子爵令嬢。 二人がなんやかんやありながらも両想いになる勘違い話。 ◆hotランキング 10位ありがとうございます……! ―― ◆掲載先→アルファポリス、ムーンライトノベルズ、エブリスタ

【R18】××××で魔力供給をする世界に聖女として転移して、イケメン魔法使いに甘やかされ抱かれる話

もなか
恋愛
目を覚ますと、金髪碧眼のイケメン──アースに抱かれていた。 詳しく話を聞くに、どうやら、私は魔法がある異世界に聖女として転移をしてきたようだ。 え? この世界、魔法を使うためには、魔力供給をしなきゃいけないんですか? え? 魔力供給って、××××しなきゃいけないんですか? え? 私、アースさん専用の聖女なんですか? 魔力供給(性行為)をしなきゃいけない聖女が、イケメン魔法使いに甘やかされ、快楽の日々に溺れる物語──。 ※n番煎じの魔力供給もの。18禁シーンばかりの変態度高めな物語です。 ※ムーンライトノベルズにも載せております。ムーンライトノベルズさんの方は、題名が少し変わっております。 ※ヒーローが変態です。ヒロインはちょろいです。 R18作品です。18歳未満の方(高校生も含む)の閲覧は、御遠慮ください。

処理中です...