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前編
6.交渉-1
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部活顧問として採用された非常勤講師が、学生時代にイリスを犯し、その後同じ記憶を植え付けてやることで復讐した男、アルヴィドだと判明する。だが過去のことは秘密で、現時点は勤務状況に問題のないアルヴィドを追い出す手段はなく、イリスは彼と同じ職場で働くことをしばらく我慢する選択肢を取った。
外見は変わりノイマン姓を名乗るアルヴィドに、当初イリスは面識のない男だと思った。だが、今は彼の正体を知り、向こうもイリスがそれに気付いたと認識している。
アルヴィドの正体を知ってから、イリスは行く先々でまず彼がいないか目を走らせた。いればすぐにその場を離れるためだ。
用心していたわりに、アルヴィドのと遭遇はめったになく、職員会議でしか姿を見かけなかった。放課後の部活顧問だけ受け持つとはいえ、教職員含め全寮制の学校なのだから、敷地内にはいるはずだ。にもかかわらず、食堂ですら目にする機会がない。
セムラクは使用自体も悪影響があるが、何より解除したときに、先送りしていた精神的負荷を受け止めなくてはならない反作用に辛さがある。そのため彼と遭遇しなければ、術の使用中に負荷がかからないということなので、解除時の負担は軽くなる。
ありがたい事だが、他の教師に聞けば普通に出歩いているらしい。イリスだけここまで出くわさないのは異常だった。
そんな折、アルヴィドと、そしてイリスについて、新たな噂が広まる。
イリスたちと在学期間の重なっていた卒業生を親類に持つ生徒が発信源だった。
アルヴィドがイリスの一年先輩で、二人はルーヘシオンの卒業生だったこと。ベゼルスの大会の決勝でイリスがアルヴィドを下したこと。それを機に、全校生徒の尊敬を一身に集めるアルヴィドの光が陰ったこと。
幸いにも、イリスが停学処分を受けたことまでは広まらなかった。噂の出所の生徒の親類は、当時低学年か何かで上級生の処分を認識していなかったのだろう。
しかし、二人が生徒たちの興味を引いてしまったことには違いない。
アルヴィドの転落人生という、面と向かって話すには憚られる内容であったため、生徒から直接質問を受けることはない。だが彼らがイリスとアルヴィドを注意深く見ていることは、受ける視線からよく分かった。
生徒たちをこのまま放置しては、当時の卒業生をさらに探しはじめ、イリスの停学処分の件まで嗅ぎつけるかもしれない。無実の罪だがあれは隠しておきたいことだ。現在在籍している教師たちは、グンナルを除き全員イリスの卒業後に勤め始めているため、誰も八年前のことを知らない。これ以上過去を探られることがないよう、生徒たちの興味を失わせなくてはならない。
イリスは覚悟を決め、ある人物と接触を図った。
◆
日中の、自分の科目の授業はない時間帯に、イリスは中庭のベンチへ腰掛けて待っていた。授業時間中なので、生徒たちの往来はなく静まり返っている。
やがて、草を踏む音と共に、ベンチの後方から人の近づいてくる気配がした。
その人物は、ベンチからまだ遠いところで止まる。
「セーデルルンド先生」
男の覇気のない呼びかけに応えて、イリスは立ち上がった。体の前で軽く腕を組むふりをして、腰のベルトへ挿した杖に手をかける。いつでも抜いて構えられるようにだ。
今日も欠かさず、セムラクを自分にかけている。おかげでその男の声を聞いたとしても、ひどく冷静だ。
振り返り、ベンチを挟んで対面したのは、アルヴィドだった。
外見は変わりノイマン姓を名乗るアルヴィドに、当初イリスは面識のない男だと思った。だが、今は彼の正体を知り、向こうもイリスがそれに気付いたと認識している。
アルヴィドの正体を知ってから、イリスは行く先々でまず彼がいないか目を走らせた。いればすぐにその場を離れるためだ。
用心していたわりに、アルヴィドのと遭遇はめったになく、職員会議でしか姿を見かけなかった。放課後の部活顧問だけ受け持つとはいえ、教職員含め全寮制の学校なのだから、敷地内にはいるはずだ。にもかかわらず、食堂ですら目にする機会がない。
セムラクは使用自体も悪影響があるが、何より解除したときに、先送りしていた精神的負荷を受け止めなくてはならない反作用に辛さがある。そのため彼と遭遇しなければ、術の使用中に負荷がかからないということなので、解除時の負担は軽くなる。
ありがたい事だが、他の教師に聞けば普通に出歩いているらしい。イリスだけここまで出くわさないのは異常だった。
そんな折、アルヴィドと、そしてイリスについて、新たな噂が広まる。
イリスたちと在学期間の重なっていた卒業生を親類に持つ生徒が発信源だった。
アルヴィドがイリスの一年先輩で、二人はルーヘシオンの卒業生だったこと。ベゼルスの大会の決勝でイリスがアルヴィドを下したこと。それを機に、全校生徒の尊敬を一身に集めるアルヴィドの光が陰ったこと。
幸いにも、イリスが停学処分を受けたことまでは広まらなかった。噂の出所の生徒の親類は、当時低学年か何かで上級生の処分を認識していなかったのだろう。
しかし、二人が生徒たちの興味を引いてしまったことには違いない。
アルヴィドの転落人生という、面と向かって話すには憚られる内容であったため、生徒から直接質問を受けることはない。だが彼らがイリスとアルヴィドを注意深く見ていることは、受ける視線からよく分かった。
生徒たちをこのまま放置しては、当時の卒業生をさらに探しはじめ、イリスの停学処分の件まで嗅ぎつけるかもしれない。無実の罪だがあれは隠しておきたいことだ。現在在籍している教師たちは、グンナルを除き全員イリスの卒業後に勤め始めているため、誰も八年前のことを知らない。これ以上過去を探られることがないよう、生徒たちの興味を失わせなくてはならない。
イリスは覚悟を決め、ある人物と接触を図った。
◆
日中の、自分の科目の授業はない時間帯に、イリスは中庭のベンチへ腰掛けて待っていた。授業時間中なので、生徒たちの往来はなく静まり返っている。
やがて、草を踏む音と共に、ベンチの後方から人の近づいてくる気配がした。
その人物は、ベンチからまだ遠いところで止まる。
「セーデルルンド先生」
男の覇気のない呼びかけに応えて、イリスは立ち上がった。体の前で軽く腕を組むふりをして、腰のベルトへ挿した杖に手をかける。いつでも抜いて構えられるようにだ。
今日も欠かさず、セムラクを自分にかけている。おかげでその男の声を聞いたとしても、ひどく冷静だ。
振り返り、ベンチを挟んで対面したのは、アルヴィドだった。
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