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前編
4.復讐-4
しおりを挟む「私が編み出した術は、記憶を取り出す魔術です。取り出したものは、また入れることができるんです。私以外にも」
イリスは杖を自分に向け、最も鮮明な当日の記憶を取り出した。
脳から額をすり抜けて現れた、黒い煙を閉じ込めたような飴玉ほどの大きさの球体。
そしてその球を連れて、アルヴィドに杖の先を向ける。
「どうすれば、私の感じた苦痛と恐怖をあなたに与えられるのかと、考えていました。単純なことですよね」
「やめろ!」
意図を察したアルヴィドが必死に体を捩るが、グンナルの拘束魔術で満足に身動きできない。
「これ、差し上げます」
記憶の塊は、アルヴィドの頭に吸い込まれていった。
アルヴィドは焦点の合わない遠い目になる。
そして一拍置いて、急に顔をぐっと俯けた。
「う、おえっ」
吐瀉物が床にびちゃびちゃと跳ねて、膝をつく彼のローブを汚した。
「お、お前……! こんなことをして、ただで、……うぐぇ」
震えながら怒りの言葉を出し切る前に、また胃の中身をぶちまけている。
記憶には様々な情報が含まれる。映像、音声、臭気、感触。その時の精神状態や思考。
アルヴィドはあの日イリスが身に受け、感じた全ての記憶を植え付けられたのだ。
体を這いまわる手。下腹部に杭を捻じ込まれる痛み。吐きかけられた精。心を破壊するほどの恐怖。
男に強姦された際のこれらがまるで、己の体験として感じられる。
アルヴィドは自身の凶行を、まさに身をもって知ることとなった。
「あぁ、ああ、うあああああああ!」
拘束を解かれたアルヴィドは、浸透した記憶のおぞましさに叫び、頭をかきむしりのたうち回る。
これが、イリスの計画した復讐だった。
その後アルヴィドはしばらく実家へ帰って休み、卒業式の直前に復帰した。
だが以前とは様子の違うアルヴィドから、生徒たちは距離を置くようになる。そのまま、何があったのかわからない内に、彼は卒業していった。
こうして、当事者とグンナルしか知ることのない事件は一応の決着を迎えた。
しかし、繰り返し悪夢として見て強固に根を張ってしまった最悪な記憶は、もうイリスから分離できない。彼女は復讐を成した後も、これと付き合いながら生きていく必要がある。復讐を果たしたからといって、元の自分に戻れるわけではない。
卒業後イリスは、自分のように忘れてしまいたいほど辛いことがあった人のために、記憶を分離させる魔術の研究を進めた。その結果、精神魔術の第一人者として認められ、ルーヘシオンに勤めるようになるのだった。
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