11 / 114
前編
4.復讐-2
しおりを挟む 追分参五郎は、上州へ向けて旅立った。愛しい女のために清水寿郎長の命を取る旅だった。当然、足取りは軽くない。
上田村辺りの峠に店が在り、飯を食う事にする。飯屋には先客が居て、どう見ても女衒だった。女衒とは、女を商品にして商売する連中の事で、主に百姓家で口減しにあった者や、借金の形で取り引きされた娘を、女郎宿や岡場所に売る職業だった。参五郎が男を女衒だと思ったのは、娘を三人連れているからだった。歳の頃から、男の実の娘とは思えないし、彼女たちが旅をする理由も思いつかない。三人とも、まだ十歳前後だと思われ、幼い顔立ちが哀れに思えた。参五郎は、節もこんな感じで女郎になったのかと思って見つめていた。
「何だい、お兄さん、子供が好みかい」
不意に声をかけられ、慌ててしまう。女衒は、参五郎を不審そうに見ていた。女衒の世界も物騒で、商品を力づくで奪う不届き者も居た。しかも、参五郎は渡世人の格好をしている。警戒するのは当然だった。
「いや、なにね、あっしも郷里に妹が居るもんだから、つい見てしまったんですよ。勘弁しておくんなさいまし」
女衒は、一応は参五郎を信用したらしく、広角を上げた。だが、目は笑っていない。やはり、人買い稼業なんぞをしていると、人が信じられなくなるらしい。
女衒は、娘を連れて先に出た。参五郎は、飯が来たので腹ごしらえをする。
丼に冷や飯が入っている。玄米六割に雑穀四割の黒飯だった。当時は、今と違って温かい白米が常時用意されている訳ではない。漬物を乗せ、熱い味噌汁をかける。これでちょうど食べ頃になる。川魚の塩焼きも入れ、骨も頭も箸でガシガシ汁かけご飯に馴染ませる。これを一気に掻き込んだ。行儀は悪いが気にしない。
参五郎が急いで飯を食ったのは、訳があった。どうにも女衒が連れていた娘が気になる。頬の赤い娘は、どことなく節に似ていた。せめて途中まで見守ってあげたかった。
参五郎は、急いで女衒たちを追う。すると、言い争う声が聞こえた。参五郎は走り出す。
「やめておくんなさい。この娘たちは、上州の前田栄五郎親分の元に連れて行く事が決まっているんですよ」
女衒の声がした。見ると、三人の男に囲まれている。女衒の後ろで、娘たちは不安そうにしている。
三人の男は、無頼者の類いに見えた。時に雲助、つまり、無法な駕籠かき、時に山賊などで生計を立てる悪党だった。
参五郎は、両者に割って入る。
「おいおい、乱暴な真似はよしねぇ。この追分参五郎、騒動の仲裁に入るぜ」
悪党は、お節介な渡世人に怒鳴る。
「引っ込んでろ三下! 怪我じゃ済まないぜ」
参五郎は、相手の言い分が頭に来た。
「済まなきゃどうだって言うんだ。教えてくれよ」
こうなると、血の気の多い連中だから、穏やかには収まらない。悪党は腰刀を抜く。猟師が獲物にとどめを刺す時に使うような簡単な拵えの刀だった。
参五郎は、脇差を抜く。参五郎の刀は、短かった。右手で脇差を構え、左手には縞の合羽を持つ。
「さぁ、来やがれ、山猿ども!」
丁々発止と戦いが始まった。
上田村辺りの峠に店が在り、飯を食う事にする。飯屋には先客が居て、どう見ても女衒だった。女衒とは、女を商品にして商売する連中の事で、主に百姓家で口減しにあった者や、借金の形で取り引きされた娘を、女郎宿や岡場所に売る職業だった。参五郎が男を女衒だと思ったのは、娘を三人連れているからだった。歳の頃から、男の実の娘とは思えないし、彼女たちが旅をする理由も思いつかない。三人とも、まだ十歳前後だと思われ、幼い顔立ちが哀れに思えた。参五郎は、節もこんな感じで女郎になったのかと思って見つめていた。
「何だい、お兄さん、子供が好みかい」
不意に声をかけられ、慌ててしまう。女衒は、参五郎を不審そうに見ていた。女衒の世界も物騒で、商品を力づくで奪う不届き者も居た。しかも、参五郎は渡世人の格好をしている。警戒するのは当然だった。
「いや、なにね、あっしも郷里に妹が居るもんだから、つい見てしまったんですよ。勘弁しておくんなさいまし」
女衒は、一応は参五郎を信用したらしく、広角を上げた。だが、目は笑っていない。やはり、人買い稼業なんぞをしていると、人が信じられなくなるらしい。
女衒は、娘を連れて先に出た。参五郎は、飯が来たので腹ごしらえをする。
丼に冷や飯が入っている。玄米六割に雑穀四割の黒飯だった。当時は、今と違って温かい白米が常時用意されている訳ではない。漬物を乗せ、熱い味噌汁をかける。これでちょうど食べ頃になる。川魚の塩焼きも入れ、骨も頭も箸でガシガシ汁かけご飯に馴染ませる。これを一気に掻き込んだ。行儀は悪いが気にしない。
参五郎が急いで飯を食ったのは、訳があった。どうにも女衒が連れていた娘が気になる。頬の赤い娘は、どことなく節に似ていた。せめて途中まで見守ってあげたかった。
参五郎は、急いで女衒たちを追う。すると、言い争う声が聞こえた。参五郎は走り出す。
「やめておくんなさい。この娘たちは、上州の前田栄五郎親分の元に連れて行く事が決まっているんですよ」
女衒の声がした。見ると、三人の男に囲まれている。女衒の後ろで、娘たちは不安そうにしている。
三人の男は、無頼者の類いに見えた。時に雲助、つまり、無法な駕籠かき、時に山賊などで生計を立てる悪党だった。
参五郎は、両者に割って入る。
「おいおい、乱暴な真似はよしねぇ。この追分参五郎、騒動の仲裁に入るぜ」
悪党は、お節介な渡世人に怒鳴る。
「引っ込んでろ三下! 怪我じゃ済まないぜ」
参五郎は、相手の言い分が頭に来た。
「済まなきゃどうだって言うんだ。教えてくれよ」
こうなると、血の気の多い連中だから、穏やかには収まらない。悪党は腰刀を抜く。猟師が獲物にとどめを刺す時に使うような簡単な拵えの刀だった。
参五郎は、脇差を抜く。参五郎の刀は、短かった。右手で脇差を構え、左手には縞の合羽を持つ。
「さぁ、来やがれ、山猿ども!」
丁々発止と戦いが始まった。
0
お気に入りに追加
133
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!
柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。
腹黒宰相との白い結婚
黎
恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~
二階堂まや
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。
夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。
気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……?
「こんな本性どこに隠してたんだか」
「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」
さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。
+ムーンライトノベルズにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる