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前編
1.二人の教師-1
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三人ずつ向かえる机が、部屋の外へいくにつれ高く並ぶ扇型の階段教室。堅牢な石造りで、光を取り入れる窓はたったの四つしかない。天井からは球状の魔法道具が吊り下がっている。これが自然光と同じ明るさで室内の隅々まで照らすので、勉学に差し障りはない。
教室の中に、女の起伏に乏しい声が淡々と流れている。その内容を、生徒たちは静かに聞き入っていた。
「セムラクは感情を先送りにし、平常心を保つ魔術です。使用には反作用と精神面への重篤な悪影響があります。一時的に動揺を消す効果は緊急時には有用ですが、決して安易に使用してはなりません。濫用せざるをえなかった魔法警察官が、精神を患った例があります」
教壇に立つ声の主は、精神魔術の教師イリス・セーデルルンドである。
生徒たちはイリスの年齢を二十代半ばと認識している。だが、簡素に纏め上げた黒い髪や、夏場にもかかわらず足首から喉元まできっちり覆う、飾り気のない黒のワンピースは、あまり若さを感じさせなかった。一年中この格好をしている。
彼女は時折生徒を褒めることがある。しかし、にこりともせず、薄紫の瞳には何の感情も乗っていないので、心中をうかがい知れない。それらの読めない表情と真っ黒な装いは、人々に葬儀の情景を彷彿とさせた。彼女はこの学校における、陰気な教師の代表格だと思われている。
「また、セムラクは使用中絶対に平常を保てるわけではありません。大きな精神的負荷がかかり、対して術者の技量が不足する場合は、術が破れます。受け止めきれなかった精神的負荷は、術が破れた瞬間、何倍にも増幅した反作用となり襲い掛かります。自ら解除して先送りにした感情を受け止める場合の反作用とは、比べ物になりません。いざという時は、セムラクの障壁が破れる前に、自ら解除することも検討すべきです。……以上で本日の講義は終了となります。次の講義は実技ですので、最低限術式の復習はしておくように。何か質問はありますか?」
教本を閉じたイリスは、挙手した生徒を指す。
「セムラクの使用には精神面での悪影響があるんですよね。実技で問題はありませんか?」
「ありません。問題となるのは、短期間での繰り返しの使用と、使用時に許容量を超える負荷がかかった場合です。濫用は、術の使用中に特段精神的な負荷がかからなくても、心を壊していきます。一方で、使用時に負荷がかかった場合は、解除時に反作用としてそれが戻ってきますし、術が破れて強い反作用として降りかかる可能性もあります。しかし、次の講義であなたたちに体感してもらうのは、硝子球を割る音です。技量不足で術が破れ増幅した反作用となっても、大した影響のない衝撃です。回数も安全な範囲に制限します」
「わかりました。ありがとうございます」
他に質問者がいないことを確かめたイリスは、それで授業を終わりにした。丁度授業時間の区切りを知らせる鐘の音が鳴る。途端に騒がしくなった生徒たちは、階段教室の出入り口へ上がって退室していく。
新年度が始まって間もない、ある授業の一幕であった。
教室の中に、女の起伏に乏しい声が淡々と流れている。その内容を、生徒たちは静かに聞き入っていた。
「セムラクは感情を先送りにし、平常心を保つ魔術です。使用には反作用と精神面への重篤な悪影響があります。一時的に動揺を消す効果は緊急時には有用ですが、決して安易に使用してはなりません。濫用せざるをえなかった魔法警察官が、精神を患った例があります」
教壇に立つ声の主は、精神魔術の教師イリス・セーデルルンドである。
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「また、セムラクは使用中絶対に平常を保てるわけではありません。大きな精神的負荷がかかり、対して術者の技量が不足する場合は、術が破れます。受け止めきれなかった精神的負荷は、術が破れた瞬間、何倍にも増幅した反作用となり襲い掛かります。自ら解除して先送りにした感情を受け止める場合の反作用とは、比べ物になりません。いざという時は、セムラクの障壁が破れる前に、自ら解除することも検討すべきです。……以上で本日の講義は終了となります。次の講義は実技ですので、最低限術式の復習はしておくように。何か質問はありますか?」
教本を閉じたイリスは、挙手した生徒を指す。
「セムラクの使用には精神面での悪影響があるんですよね。実技で問題はありませんか?」
「ありません。問題となるのは、短期間での繰り返しの使用と、使用時に許容量を超える負荷がかかった場合です。濫用は、術の使用中に特段精神的な負荷がかからなくても、心を壊していきます。一方で、使用時に負荷がかかった場合は、解除時に反作用としてそれが戻ってきますし、術が破れて強い反作用として降りかかる可能性もあります。しかし、次の講義であなたたちに体感してもらうのは、硝子球を割る音です。技量不足で術が破れ増幅した反作用となっても、大した影響のない衝撃です。回数も安全な範囲に制限します」
「わかりました。ありがとうございます」
他に質問者がいないことを確かめたイリスは、それで授業を終わりにした。丁度授業時間の区切りを知らせる鐘の音が鳴る。途端に騒がしくなった生徒たちは、階段教室の出入り口へ上がって退室していく。
新年度が始まって間もない、ある授業の一幕であった。
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