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22.犬小屋-2

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 そうして叶った謁見は、あえてファルハードの居室で行われた。気分が優れないのと、相手が気心知れたシャーヤールだからという理由だ。
 双方の側近も交えながらの会談を順調に終えると、シャーヤールはファルハードの了解を取った上で、人払いをして二人きりになった。

「それで、話とはなんだ」
「……陛下の、飼い犬の件です」

 向かい側の一人掛けのソファに腰かけていたファルハードは、シャーヤールの言葉が何を指すのかを察したようで、腕を組んで表情を険しくした。名馬や鑑賞用の珍獣等を数多く所有するファルハードであるが、犬だけは飼っていない。理由は過去の捕虜生活に起因する一方で、彼の『飼い犬』が今現在誰を指すのかはわかっている。

「飼い犬の悪戯に、随分と気苦労をなさっていると聞き及びました」
「……あの雌犬が何をしようと知ったことではない」

 ファルハードはソファの肘かけで頬杖をつき吐き捨たが、これは本心ではないとシャーヤールは感じた。
 事実、シュルークとキアーの騒動を、誰もが口にするのを躊躇っている。それだけで当時のファルハードの荒れ方が尋常ではなかったと想像できた。そして今も、疲れきったようにいつもの覇気が消え失せている。心を乱し、消耗するほど、シュルークのことで頭の中が占められ、振り回されているのだ。
 しかし、それを指摘し、シュルークへの執心を突きつけても、事態は好転しない。

「いえ、飼い犬がみなに害を与えないか気を払うのは、自然なことでしょう。畜生を飼う者の責任にございます。それゆえに獣は鎖で繋ぎ、檻へ入れるのです」

 ファルハードが自分のためにそうしたいのではなく、周囲の安全のためにそうしなくてはならないのだと説けば、彼は視線を上げてシャーヤールと目を合わせた。

「僭越ながら……、彼女が他者に悪影響を与えないよう、隔離してはいかがでしょう」
「隔離だと?」
「はい。女官の任を解き、皇宮内のいずこかへ置き、世話をする者との接触だけに留めるのです」

 シュルークが誰かと深い仲になるという想定外の行動に出るとわかった今、そこまでしなければファルハードは平穏を取り戻せない。

「仕事をしない家畜を養う義理はない」
「働かせる方が有害であれば、無理に仕事を与える必要はありますまい」

 シャーヤールの言葉に、ファルハードはじっと考え込んだ。彼が悩んでいることを隠さないとは、心底精神的に消耗しているのだ。

「そうだな……」

 やがてファルハードは視線を落とし、琥珀色の瞳を陰らせた。

「他者の害になるよりは……。あの女が思い出して処刑の日を迎えるまで……」

 誰かに聞かせる呟きではなく、自分への弁解だ。
 彼は自身を納得させられたらしく、シュルークに関する進言を頑として聞き入れるまいという、先ほどまでの意地のようなものが感じられなくなっている。

「女官長を解任し、『嘆きの館』へ移す」

 その決断に、苦悩は見えなかった。
 『嘆きの館』とは、皇宮の一区画にある、四方を高い塀に囲われた皇族の幽閉用の建物だ。実質牢獄ではあるものの、出られないことを除けば良い環境だ。貴人を住まわせるには質素でも、平民ひとりには豪邸である。法的根拠のない軟禁に対する最大限の温情という、ファルハードの言い訳も立つ。
 シャーヤールは否定も肯定もせず、静かに頭を下げた。
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