【R-18】【完結】皇帝と犬

22.犬小屋-1

　シャーヤールは移民の兵士であったが、かつて敵国に囚われた皇帝ファルハードの救出で活躍したことにより取り立てられ、現在は併合されたその敵国王都を含む州の総督に任命されている。これは貢献を超える異例の大抜擢ではあるものの、彼とその元敵国の人間の容姿がよく似ていることから、親近感を持たせ統治をしやすくする目的もあった。
　シャーヤールは統治する州の近況を報告すべく謁見の約束を取りつけ、皇宮へ上がったところで違和感を覚えた。

　謁見の前に顔見知りの近衛兵に会いに行ってみれば、彼は声を潜めて原因の一端を語った。女官長シュルークと新任の近衛兵キアーが、皇宮の風紀を乱したそうだ。婉曲に表現されているが、皇宮内で性行為に及んだということだろう。
　それを聞いたシャーヤールは動揺を隠せなかった。二人とも処罰されたのなら、合意のことのはずだ。だがあのシュルークが、合意で誰かと性交する仲に進展させられるとは思えなかった。
　シャーヤールは件の敵国を併合して一年足らずで首都を離れた。そのため人となりがわかるほどシュルークと会っていたのは最初の年だけであるが、記憶を失う前の彼女と比べた壊れ具合、感情や情緒の欠落の状態から、まともな人付き合いはできないと考えていたのだ。それが一体なぜ。

　騒動のあと二人は謹慎処分になり、それぞれ宿舎の私室で大人しくしているか監視されているそうだが、一件落着という様子ではない。シャーヤールがその顔見知りを問い詰めれば、彼は近衛兵なだけあってもう少し詳しい事情を明かしてくれた。
　シャーヤールはそれが始まる前に総督として派遣されてしまったのだが、ファルハードはいつからか、シュルークを虐待するようになったという。近衛兵や侍従など一部の側近しか知らないことだそうだ。
　裸にして首輪を嵌め、犬のように庭を歩かせるなど、普通に聞かされればあの皇帝がしたとは信じがたい内容だ。しかしシャーヤールには、それらの仕打ちの内容に覚えがあった。ファルハードは昔シュルークにされたことを返していたに違いない。
　そしてしばらく前、ファルハードはシュルークを突然寝所へ呼び出して凌辱した。近衛は、思えばこれがこの異常事態の発端だったのではないかと零した。彼女が皇帝から寵愛を得たと疑った後宮の女奴隷たちはシュルークに反抗するようになり、妃の一人が刃傷沙汰まで起こして関係者諸共処分された。
　皇帝と女官長の肉体関係はその後も継続しており、妃たちはファルハードに表立って文句は言わないが、内心危機感を募らせている。後宮の女たちは、これまで女奴隷同士後宮という枠の中で争ってきたのだ。それが、自分たちは直接手を出しづらい部外者が、無断で皆の欲しいものを奪ったように感じている。不安になるのも当然だ。
　本来のファルハードはその程度のことを感じ取り、事前に対策できないような男ではない。しかし、皇帝の不可思議な行動と女たちの不安は、後宮の外へも伝播し、皇宮内に充満していた。

　そしてつい先日の、キアーとシュルークの関係の発覚。
　仮に男が後宮の女奴隷に手を出したとなれば処刑は確実の重罪であるが、シュルークの身分はただの平民だ。いくらファルハードと体の関係があろうと法的には何の拘束力もない。ただの当人同士の不品行という扱いに落ち着いたからこその謹慎処分だ。
　だが、事務的に淡々とその処罰で終わったわけではないことは、その近衛の纏う重い空気から察せられた。近衛は口を閉ざしたが、何か荒事が起きたのだ。
　ファルハードがシュルークに並々ならぬ情念を抱いていると知っているシャーヤールは、良くない状況だと感じていた。