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19.誘惑-2

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 犬の真似をさせられても表情を変えなかった彼女が、青い瞳を細め、柔らかく笑っている。
 多少無理をすれば、この体勢からでもシュルークをはね飛ばせる。それでもキアーは動けなかった。軽く転ぶだけでもシュルークにけがをさせたくないだとか、彼女に敵意がないからだとか、そのような真っ当な理由ではない。
 日中、彼女がキアーに耳打ちしたときに届いた匂いが香る。童貞でもないのに圧し掛かられて動揺するなど、普段のキアーではあり得ない。それはつまり、この時から既に彼女に呑まれていたということだ。

「キアー様……」

 聞いた者の心を緩やかに震わすような声。キアーの心臓は、おかしな熱を持ち始めている。
 シュルークは服の前の釦をぷつぷつと外していくと、帯はそのままで強引に自分の服の胸元を開いた。下着をたくし上げれば、丸い乳房がふるりとまろび出る。あの日、突然見せられることになった、彼女の素肌。
 キアーは無意識に生唾を飲み下していた。

「キアー様、私の熱に触れてくださいますか」

 キアーの体を跨ぐために着崩れた服の裾から、シュルークの腿が覗いている。本来の女官の制服はスカートのような長い上着の中に、ゆったりとした脚衣を穿いているはずなので、こうして地肌が見えるはずはない。つまりあらかじめ中は下着だけになっているということだ。

「しかし、あなたは陛下の……」

 視線は釘づけになりつつも、キアーは絶対に忘れてはならない存在を盾にしようとした。たとえ後宮の女でなくとも、ファルハードはシュルークを繰り返し抱いている。主君の愛人に手を出すつもりはない。
 ところがシュルークは、口元を緩めてふっと息を漏らすように笑った。

「なにか勘違いをなさっていますね」

 シュルークは体を伏せるようにキアーへ顔を近づけた。剥き出しの乳房も重力に従って迫り、キアーの胸に先端が掠める。

「私は陛下の妃はおろか、愛人でも、奴隷でもありません。ただなぜか、気まぐれに寝所へ引き込まれている、一平民の、被雇用者です。私に拒む理由も権利もないので受け入れていますが」

 てっきり、一度目が凌辱だったから、それ以降も意に染まない行為を強いられているのかと思っていた。ところがシュルークの言葉と表情は、それを割り切って楽しんでいるかのようだ。

「私に外出の許可はおりずとも、性交を禁じられてはいません。陛下は私を飼い犬だとお思いかもしれませんが、犬が交尾をすることをお咎めになるでしょうか。陛下は気にも留められませんよ」

 キアーも、ファルハードからシュルークへの執着を、感じ取ってはいたのだ。彼女を傷つけた妃たちを追放したことからも明らかである。
 しかし、それらは法に基づけば当然の処分だ。ファルハードはシュルークを傷つけられたから妃たちを罰したのではなく、法に従っただけ。今も、彼女が言うように気まぐれに関係しているだけ。当初に比べれば頻度は落ちた。シュルークが皇帝の愛人ではないのなら、お互い成人した男女で合意があるのなら、応じても問題ないのでは。
 無意識に気にかけていた女の誘惑は、キアーの判断力を鈍らせ、都合の良い方向へ解釈を曲げていく。

「私がまず触れます。キアー様は楽になさっていてください」
「女官長……!」

 はっきりとした返事を聞かないうちに、シュルークはキアーの服の胸元へ手を差し込んで釦を外しはだけた。
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