【R-18】【完結】皇帝と犬

雲走もそそ

文字の大きさ
上 下
47 / 79

14.脱出-3

しおりを挟む
 地上へ出れば、配下たちが兵士と切り結び、ファルハードの退路を確保してくれていた。既にこと切れている者もいた。ファルハードはシャーヤールの先導で屋敷の門まで走った。
 到着したときに丁度門を制圧したようで、開くと同時にシャーヤールと外へ飛び出る。他の配下は、二人が逃げる時間を稼ぐために残った。もう今世で会うことはないだろう。
 血の盾の間をすり抜けてきた兵士に矢を射かけられながら、用意されていた二頭の馬にそれぞれ飛び乗り、人や荷物が行き交う都の中を強引に駆けた。
 シャーヤールが事前に道順を調べていたことが功を奏し、また、馬に何かが接触する不運に見舞われることもなく、無事に王都の門まで辿り着いた。開いている門に突っ込んでくる馬を、まさか脱走した虜囚がいるとは思ってもいない衛兵は止められない。そのままの勢いで突破できた。
 馬を潰すつもりで駆け続け、追手を完全に振り切り、遠くに帝国の軍勢が見えてようやく、二人は馬に足を緩めることを許した。

 止まれば、地下牢を出た時からファルハードの心臓を引っ張っていた何かが、敵国の王都の方を振り返らせる。
 脱出のための行動が一手でも違えば、逃げ延びられなかっただろう。余計な荷物を抱えたり、判断を迷って足踏みしたりすれば、屋敷を出る前に矢で貫かれ倒れていた。断言できるほど、紙一重の状況だった。
 だから、シュルークを冷たい地下牢へ置いてきたことは、正しかった。
 それを理解しながら、彼女が最後に弱々しく伸ばした手が、涙に濡れた眼差しが、ファルハードの脳裏に焼きついて離れなかった。



 帝国軍と合流したファルハードは、周囲の反対を押し切って、すぐさま王都を攻めるよう指揮した。
 皆を納得させるために、時間をかけては潜伏した同胞に王都を守る城壁の門を内側から開ける計画が失敗するおそれがあるという理由を挙げた。これは事実だ。ファルハードを予定より早期に救出するために、そちらの人員を割いたそうだ。救出計画を実行したからには、王都の中に伏兵がいると知られている。その状況では、予定外に動かした彼らが見つかってしまう危険性は高まっているはずだ。まだ門を開けられるうちに攻め込んだ方が、都に籠られるより戦いの期間の短縮が期待できる。そして、潜伏した同胞が助かる可能性も上がる。
 ただ、それだけが理由ではないことは、ファルハード自身よく分かっていた。いつまでに王都を落とすかという目標を、蔓草の曜日を迎える前の日に設定したのだ。戦略的な根拠はない、自然と自分の中から出てきた期限だった。蔓草の曜日にシュルークが処刑されるから、その前に。
 彼女が処刑される前に王都を制圧しなければ、自身の手で報復することができなくなる。だから一刻も早く、あの屋敷へ戻らなくてはならない。

 生き急ぐように前線に立ち直接指揮するファルハードを、周囲は一度捕虜になった雪辱を晴らすためだと受け取った。
 そして計画通り、都の門は内側から開けられ、帝国軍は効率的に王都を制圧することに成功した。

 ファルハードが、まだ制圧が完了したとは言い難い残党もまだ多く残る王都で、真っ先に向かったのはあの将軍の私邸だった。
 将軍は王宮へ後退しており不在だったが、使用人や私兵の幾人かは逃げそびれたのか残っていた。シャーヤールを始めとする連れてきた配下にそれらを討たせながら、ファルハードはただ一人を探して進んだ。

 彼女はあれから幾日か経ったというのに、ある意味想定通りと言うべきか、まだあの地下牢にいた。

「殿下、兵が潜んでいるやもしれません! 私を前に立たせてください!」

 後ろから追いかけてくるシャーヤールの声も無視して、ファルハードは裏庭へ走り、地下牢へ続く階段を駆け下りた。

 下り立った前室には、高い位置の窓から陽光が差し込んでいる。
 その日差しに照らされながら、シュルークは身動き一つせず地面に倒れていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない

かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」 婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。 もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。 ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。 想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。 記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…? 不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。 12/11追記 書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。 たくさんお読みいただきありがとうございました!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...