【R-18】【完結】皇帝と犬

雲走もそそ

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14.脱出-1

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 凌辱者が満足して地下牢から立ち去ってしばらくすると、前室で倒れたまま気を失っていたシュルークが僅かに身じろぎした。鉄格子の中から腕を伸ばし、彼女のほんの指先に触れて項垂れていたファルハードは、その気配を察して顔を上げる。
 シュルークは、仰向けで大きく股を開いた状態で放置されていた脚を、ひどく緩慢に閉じた。その拍子に、男が彼女の中へ何度も放った白濁と破瓜の血の混じった液体が、黒い地面に零れる。
 最終的に服を全て剥ぎ取られており、男の手指の痕が残るその裸身を引きずって、鉄格子に近寄ってくる。

「こわく、ないからね……。さいごまで、いっしょに、いるからね……」

 泣き叫び、首を絞められたことで、声は掠れて聞き取りづらくなっていた。それでもシュルークは、ファルハードの伸ばした手を握り、愛犬を安心させようと言葉をかけてくる。

(愚かな女だ……)

 ファルハードの中には、相反する感情と思考が今も入り乱れていた。
 帝国の後継者たる自身を全裸にして首輪を嵌め、犬として飼うという屈辱を与えたシュルークを許しはしない。最大限苦しめて処刑してやりたい。
 だが、彼女に苦痛を与えた先ほどの凌辱は、受け入れることができなかった。命を落とさないならファルハードの目的とは相反しないし、仮に帝国で処刑するとしても看守に処女を奪わせただろうから、同じことが起きたはずだ。そしてファルハードは女の凌辱を断じて見たくないというような繊細な神経もしていない。あれを目の当たりにしても、胸がすく思いをしなければ彼女への憎悪と食い違う。
 止める必要などない。それなのに、止められなかった自分の無力さを痛感し、彼女の手を握っている。シュルークへの憎悪と共存するこの感情が何なのか、ファルハードは理解できない。
 そして、屈辱的な状況に甘んじてでも生き延び、帝国へ戻るという固い決意を持っていたはずなのに、二人の処刑が予定される蔓草の曜日まで、シュルークはこれ以上の危害を加えられないだろうかという懸念を抱いていた。おかしなことだ。こんな女どうなろうと知ったことではないだけでなく、その日を迎えるならファルハードの死も意味する。生き延びると誓った自分の死を、彼女への懸念のついでに想像したのだ。

「しんぱい……、してくれて、ありがとう……」
(誰がお前など案ずるものか……!)

 シュルークは、犬が誰でもよかったはずだ。本当の犬でも、人間でもなくて構わなかっただろう。そして、ファルハードでなくてもいい。
 父親を含む家中の全員が、彼女を頭のおかしい娘として蔑む。そのような誰も頼れない状況では、心の支えを無理にでも作り出すしかなかったのだ。
 人間の男を犬に幻視し、反抗を無視して溺愛する。シュルークは、たとえファルハードが言うことを一切聞かない犬であっても、全力で守っただろう。命懸けで守る対象を作ることで、自分の心を守った。独りよがりな女だ。
 そう強く思うことで彼女の挺身を蔑んでも、ファルハードはシュルークの手を握り続け、人間の言葉で語り掛けることはしなかった。人の声では彼女に届かない。だが、前足が触れるだけなら犬として伝わる。
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