【R-18】【完結】皇帝と犬

雲走もそそ

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13.蹂躙-4 *

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(この女……!)

 ファルハードは衝撃を受け、凌辱の最初から覚えていた怒りが体じゅうで暴れまわるのを感じた。血管が破裂し、指がちぎれても構わない。そのつもりで後ろ手の拘束を外そうと無茶苦茶に力を込めた。

「ああ? 落ち着いてきちまったか……」

 男がなぜか不満そうな呟きを漏らす。その意図は、男がシュルークの首を両手でつかんだことで判明した。

「あ……、がッ……!」

 後ろから首を絞められ、息を求めてシュルークは仰け反った。
 その間も男は律動を止めず、口を歪めて笑っている。

「知ってるか、皇子様よぉ! 女は首を絞めてやればアソコも締まるんだぜ!」

 男の指が、シュルークの首に食い込み続ける。呼吸が著しく制限されている。
 シュルークは命の危機を感じているのか、男の腕を振り払おうと身を捩って無駄な抵抗をした。

 その時、ぶち、という音と共に、ようやくファルハードの腕を縛っていた紐が切れた。

「やめろ! 処刑前に殺すつもりか!!」

 すかさず轡も取り払って男を怒鳴りつける。
 だが男は拘束が取れたことに少しの間驚いただけで、すぐに不敵な笑みを戻した。

「そんなヘマはしねぇよ。俺がどれだけの女をこうしてきたと思う?」
「ぁ……!」

 男は見せつけるようにさらに力を込める。シュルークは体を硬直させ、息を吸えない口からは潰れたような音と、唾液が零れていく。
 反射的なものか、舌が少しずつ口から伸びる。だが、眼差しはまだ正気を手離していない。

「くっ……!」

 ファルハードは鉄格子の隙間から必死に手を伸ばした。だが元からこちらの牢は体を伸ばすことはおろか立ち上がることもできない。伏せたままでは、シュルークの繋がれた両手には届かなかった。

「何も見るな! 早く忘れろ!」

 早くいつもの、何も見ず、何も記憶しない虚ろな状態になればいい。そうすれば苦痛を感じないはずだ。
 その一心でファルハードはシュルークに声をかけたが、彼女は聞き入れない。少し緩められた喉から、必死に息を吸っている。

「ああ……、出るぞ、そろそろ……。受け止めろ……!」

 やがて男は、シュルークを窒息死させることなく愉しみ、精を吐き出した。
 そしてシュルークの手を鉄格子に縛りつけていた紐を解いたが、終わりの合図ではなかった。戦場帰りの猛りを、何度もその体へぶつけたのだ。

 牢の中のファルハードに、男を止めることは出来なかった。むしろ興に乗らせたかもしれない。
 シュルークには、何度も忘れろと言い続けた。だが、ファルハードが犬らしくない振る舞いをするだけで例のぼんやりした状態へ陥っていた彼女は、この醜悪で残酷な『嫌なこと』の間、一度たりとも意識を手離さなかった。

 その矛盾の理由を、ファルハードは理解してしまっていた。
 
 ――私はあの時、いつものように何も見なかった。……もうあんな思いをするのは嫌なの。だから今度こそは逃げないで、あなたのことを守るからね。

 以前シュルークはファルハードにそう告げたのだ。彼女は自分の犬の危機から目を背けないと誓った。だから、父親に勝手な行動が露見したこの危機的状況で、一切虚ろにならなかった。自身にどれほどのおぞましい苦痛が降りかかっても、愛犬の危機を脱していないから、逃避をして自分の精神を守ることを選ばなかった。

「ふざけるな……!」

 男に体を使い終わられ、地面に打ち捨てられたシュルークに、ファルハードは腕を伸ばした。投げ出された手に今度こそ指先が届き、繋ぐというには僅かな部分を重ねる。

 ファルハードがシュルークに復讐として与えるつもりだった苦痛は、この程度ではない。もっと残酷な責め苦の末に処刑する。だからこんな女が凌辱されようと、まだ生きているのであれば知ったことではない。
 それなのに、彼女に必死に守られ憐れまれた自分自身を、耐えがたい怒りが焼く。少し嫌な目に遭うだけで殻へ閉じこもる、弱い幼子のような女に。
 せめてシュルークが、いつもどおりすぐに虚ろになっていれば、このような無力感を味わうことはなかった。

(そうしていればこの女も、このようなおぞましい記憶を抱えることはなかった)

 静かになった地下牢で、ファルハードは項垂れた。
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