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12.放棄-2

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「どうしましょう、どうしたらいいの。ええと、そう、何もなかったことにしないと」

 父親に見つかって、シュルークは恐慌状態へ陥っていた。ファルハードを連れて急いで地下牢へ戻り、まるで子供の考えたような対応を取っている。
 一番最初に出会った時の状態へ戻そうと、ファルハードを後ろ手に縛り、口に轡を嵌める。素人のやることのため、拘束はしばらく暴れれば外せそうな緩さだ。

「ご、ごめんね。少しの間、牢に戻っていてね」

 何もなかったことにすれば誤魔化せると、本気で思っているのか定かではない。それでもシュルークは、ファルハードを拘束し直し、あの立つことはおろか体を伸ばすこともできない狭い牢に寝かせた。

 そんな彼女を、ファルハードは冷めたような凪いだ気持ちで眺めていた。ああして対面してしまったからには、将軍はファルハードの存在を思い出し、しかも娘を利用して逃亡の準備をしているとでも疑い、今度こそすぐに処刑する。
 部下であるシャーヤールが使用人としてこの屋敷に潜入し、ファルハードを助けようと準備を進めてくれていたが、こうなってはもう手遅れだ。シュルークに支配されていた使用人たちが将軍の帰宅を走って知らせに来なかったのは、それだけ突然の帰還で、間の悪いことに屋敷の入り口に近い庭を散歩していたからだ。これだけ急なことではシャーヤールも今から計画を変更することなどできないだろう。
 完全な手詰まりだ。どうしようもなくて諦めたから、ファルハードはシュルークのしたいようにさせていたのだ。

 前室の壁の上の方にある窓から、裏庭がにわかに騒々しくなり始めたのが伝わってくる。客人を応接室へ案内し終えた将軍が、シュルークとファルハードを探しているのかもしれない。
 それを察したのか、牢の鉄格子の扉を閉めたシュルークは錠前をかけようとして、焦って鍵を地面に落としてしまう。この鍵は彼女が見張りの兵士から無理に借り受けたものだ。兵士は難色を示していたが、父親の不在中だけと言われて渋々渡していた。

 シュルークのあまりの慌てように、もし轡をされていなければファルハードは「自分の処刑は元々決まっていたことで、時期が早まるだけ。そこまで怖がらなくても、お前は父親に叱られるぐらいで済むだろう」とでも言ってやったかもしれない。どうせ彼女はファルハードの言葉を聞かないのだが。

「鍵……、隠さないと……」

 震える指で鍵を拾い直し、ようやく錠前を閉めたシュルークは、手の中の鍵の処遇に困って周囲を見渡した。

 その時、バンという破壊的な音が、地上へ続く階段から響き渡ってきた。裏庭へ出る鉄扉が乱暴に開けられたのだ。
 音に肩をびくりと跳ねさせたシュルークは、それでもとっさに動き、前室の土が剥き出しになっている壁の、僅かな隙間に牢の鍵を押し込んで隠す。

 どかどかと複数名の足音が下りてきて、シュルークが鍵を隠し終えて振り向くのと、前室に男たちが姿を現したのは同時だった。
 先頭に立つのは先ほど出くわした将軍だ。その後ろには、屋敷内で顔を見たことのない兵士が三名。

「シュルーク……」

 将軍は怒気を孕んだ、唸り声のような低い声で娘の名を呼ぶ。その頬と手には、先ほどは無かった鮮血が付着していた。

「お、お父様……」

 シュルークは血を浴びた父親の怒りに怯えた様子で、がたがたと震えている。

 将軍は娘を睨み据えたまま、何かを前室の土の床へ投げ捨てた。

「愚かな見張りは全て吐いた」

 ばらりと床に転がったのは、五本の人間の指だった。

「ひっ……!」

 悲鳴を漏らしたシュルークは、吐き気かそれ以上叫ばないためか、口を両手で押さえて後退った。しかし前室に逃げる場所などなく、すぐに壁に背中をぶつける。

 あの指と将軍が浴びた血液は、尋問された見張りの兵士のものに違いない。この短時間で全てを把握して来ている。

「気が触れていようと、いずれ使える時が来ると思い生かしておいたが……、まさかこのようなことをしでかす知恵をつけていたとはな」

 将軍が前へ進み出ると、シュルークは腰を抜かした。

「ごっ、ごめんなさい! ごめんなさい、お父様!」

 叫ぶような謝罪が牢に響く。シュルークは少しでも逃れようと、前室の角に向け頭を抱えて縮こまる。幼い子供が必死に隠れているような、憐れな様子だった。

 だが将軍は、無言で腰の剣を抜き放つ。
 静観していたファルハードは目を瞠った。実の娘に剣を向けるとは思っていなかったのだ。構えた刃は、脅しではない。

 ひゅん、と軽い音が鳴り、振り抜かれた剣には僅かに血が乗っていた。
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