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10.希望と決意-2
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「ヌーシュザード様を祭り上げ、次期皇帝の後見にならんと企む輩が出てまいりました。奴らは軍に紛れこんでおります」
ヌーシュザードとはファルハードの年の離れた弟だ。ファルハードが次期皇帝の座を掴むために他の男兄弟を謀殺していった際、赤ん坊だったことで見逃していた。幼い皇帝の後見人に、という不届き者が出てこないよう目を光らせていたのだが、ファルハードは帝国を長く離れすぎた。
「であれば、都を制圧した際に運よくまだ私が生きていたとしても、混乱に乗じてそ奴らに息の根を止められる可能性が高い、ということか……」
「はい。私どもではお守りしきれません。そのため今は、帝国軍が接近して王都の門が固く閉ざされる前に、殿下をここからお助けし、脱出する計画を立てております」
「可能か?」
「あの屋敷の娘のおかげで、殿下への監視と拘束が緩んでおります。希望はございます」
シュルークのことだ。挙げられた名前にファルハードは昼間の屈辱を思い出し、不快な気分になった。
「あの女と将軍はこの手で処刑する」
「おいたわしや、殿下……」
この様子だと、使用人として潜伏しているシャーヤールも、ファルハードが犬扱いされていることは認識しているのだろう。彼なら帝国へ戻った後も絶対に口外しないが、知られていること自体が気を滅入らせる。
「しかしあの女、気が触れているようだが、なぜ野放しにされているのだ?」
「いずれ治ることを期待して放置されているようです。父親の前であれば昔から大人しいと聞きました」
ファルハードには想像できないが、父親の在宅時には牢の中へ戻しにくるので、本人の前ならそうなのかもしれない。
「いつからああなっている?」
「聞いた話ですが――」
声の調子が下がったシャーヤールは、他の使用人から聞いたシュルークの生い立ちを語り始めた。
この家の末娘であるシュルークは、幼い頃は利発な子として将来も期待されていたらしい。
ところが五歳になったある日、母親と出かけた際に物盗りに襲われた。シュルークだけが馬車の座席の下の荷物入れに隠されたため無事だったが、護衛と母親は殺されたという。
「亡骸は、それは惨い有様だったと聞きます……」
これを境に、シュルークは気が狂ったそうだ。犬を飼うようになって少し良くなったが、元には戻らなかった。
とはいえ、ファルハードにはそんな事情は関係ない。こういった話で気の毒に思うぐらい繊細な人間なら、実の兄弟を殺して皇帝の座を目指しはしない。引き続きシュルークへ存分に復讐するつもりである。
事情を理解しただけだ。
「私はそろそろ戻ります。殿下、どうか気を強くお持ちください」
「ああ。そなたらの忠誠には必ず報いる。頼んだぞ」
「既にお返ししきれぬほどの御恩があります。では」
そうしてシャーヤールは去っていった。ファルハードは元通り横になる。
ファルハードが苦境にあっても希望を失っていなかったのは、既に敵国へ潜入していたシャーヤールたちの存在があったからだ。時間はかかっても、必ず彼らが手を尽くしてくれると信じていた。
シャーヤールたちに報いるためにも、帝国へ戻ったら内側の敵を蹴散らし、確実に立太子されなくてはならない。ファルハードは血縁でも殺し合う代わりに、受けた恩義は絶対に裏切らない。
希望の光が強くなったことで、ファルハードは生きて帰るという決意を新たにするのであった。
ヌーシュザードとはファルハードの年の離れた弟だ。ファルハードが次期皇帝の座を掴むために他の男兄弟を謀殺していった際、赤ん坊だったことで見逃していた。幼い皇帝の後見人に、という不届き者が出てこないよう目を光らせていたのだが、ファルハードは帝国を長く離れすぎた。
「であれば、都を制圧した際に運よくまだ私が生きていたとしても、混乱に乗じてそ奴らに息の根を止められる可能性が高い、ということか……」
「はい。私どもではお守りしきれません。そのため今は、帝国軍が接近して王都の門が固く閉ざされる前に、殿下をここからお助けし、脱出する計画を立てております」
「可能か?」
「あの屋敷の娘のおかげで、殿下への監視と拘束が緩んでおります。希望はございます」
シュルークのことだ。挙げられた名前にファルハードは昼間の屈辱を思い出し、不快な気分になった。
「あの女と将軍はこの手で処刑する」
「おいたわしや、殿下……」
この様子だと、使用人として潜伏しているシャーヤールも、ファルハードが犬扱いされていることは認識しているのだろう。彼なら帝国へ戻った後も絶対に口外しないが、知られていること自体が気を滅入らせる。
「しかしあの女、気が触れているようだが、なぜ野放しにされているのだ?」
「いずれ治ることを期待して放置されているようです。父親の前であれば昔から大人しいと聞きました」
ファルハードには想像できないが、父親の在宅時には牢の中へ戻しにくるので、本人の前ならそうなのかもしれない。
「いつからああなっている?」
「聞いた話ですが――」
声の調子が下がったシャーヤールは、他の使用人から聞いたシュルークの生い立ちを語り始めた。
この家の末娘であるシュルークは、幼い頃は利発な子として将来も期待されていたらしい。
ところが五歳になったある日、母親と出かけた際に物盗りに襲われた。シュルークだけが馬車の座席の下の荷物入れに隠されたため無事だったが、護衛と母親は殺されたという。
「亡骸は、それは惨い有様だったと聞きます……」
これを境に、シュルークは気が狂ったそうだ。犬を飼うようになって少し良くなったが、元には戻らなかった。
とはいえ、ファルハードにはそんな事情は関係ない。こういった話で気の毒に思うぐらい繊細な人間なら、実の兄弟を殺して皇帝の座を目指しはしない。引き続きシュルークへ存分に復讐するつもりである。
事情を理解しただけだ。
「私はそろそろ戻ります。殿下、どうか気を強くお持ちください」
「ああ。そなたらの忠誠には必ず報いる。頼んだぞ」
「既にお返ししきれぬほどの御恩があります。では」
そうしてシャーヤールは去っていった。ファルハードは元通り横になる。
ファルハードが苦境にあっても希望を失っていなかったのは、既に敵国へ潜入していたシャーヤールたちの存在があったからだ。時間はかかっても、必ず彼らが手を尽くしてくれると信じていた。
シャーヤールたちに報いるためにも、帝国へ戻ったら内側の敵を蹴散らし、確実に立太子されなくてはならない。ファルハードは血縁でも殺し合う代わりに、受けた恩義は絶対に裏切らない。
希望の光が強くなったことで、ファルハードは生きて帰るという決意を新たにするのであった。
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