20 / 79
07.執着-1
しおりを挟む
シュルークがファルハードに抱かれた事実は、後宮の中に時間をかけてゆっくりと広まっていった。
妃を含む女奴隷たちの間には、明らかに緊張が走った。そして後宮の中に漂う空気は、真夏の蒸し暑い夜のように重苦しいものへと化していた。
そんな中、ついにある妃が行動を起こしてしまう。
◆
「驚いたわ……」
妃のマハスティは、シュルークを後宮の私室へ呼び出した。先日便宜を図るよう頼んできた時とは違い、立ち上がってシュルークと相対している。
あの夜、ファルハードは当初予定していた妃からの夜伽を取りやめて、シュルークを抱いた。その予定されていた妃というのがマハスティだ。翌朝はまだ彼女がシュルークが抱かれたことを知らなかったため問題なかったが、知ればこうして呼びつけられることは想像に難くなかった。
室内には、シュルークとマハスティの他、彼女の私設の女奴隷と、宦官が一人いた。このサドリという名の宦官は、シュルークが凌辱を受けた後ぐらいからファルハードの命令でついて回るようになった。今さら監視する必要性があるのか不明だが、シュルークの私室の前まで朝迎えにきて夜見送って帰っていく。口がきけず、耳も聞こえないそうで、かといって何か手伝うかというとそうでもなく、本当についてくるだけの男である。
「まさかあなたが陛下の夜伽の栄誉を賜っていたなんて」
隠しきれない敵意を視線と声音に織り交ぜながら、シュルークの周りをゆっくり歩いていく。
そして背後からシュルークの両肩に触れ、抱き着くように身を寄せてきた。
「陛下はあなたにどんなふうに触れたの?」
肩から腕を、撫でるように彼女の手が滑りおりていく。こんな時でも、どこか官能的な所作をしていると、シュルークは少し感心した。
「お答えする必要性がございますか」
正直に凌辱され苦痛を受けたと話しても、後宮の女たちは信用しないだろう。ファルハードが彼女らに見せる顔は、きまぐれだが会っている時は優しい皇帝だ。だからシュルークは答えなかった。
しかしその挑戦的に受け取れる物言いは、マハスティの怒りを加速させた。彼女がシュルークの腕に置いた手に、僅かに力がこもる。
「いいわ。閨の中でのことは、二人きりの秘密にしたいものよね」
そんな理由ではないが、シュルークはわざわざ訂正しなかった。好きに解釈してくれればいい。
「ねえ、私だけに教えてちょうだい」
背中に密着してきたマハスティの花のような香りが、甘やかな声音と共にシュルークを包んでいく。
「本当は、今回だけではないのでしょう。これまでも、こっそり陛下のお情けをいただいてきたのでしょう」
「いいえ」
「それなら、どうやって今回陛下の寵を賜ったの」
「わかりかねます。それに、寵愛と呼べるものは頂いておりません」
女官長として、ファルハードが女たちを抱いた記録は確認している。ずいぶん手厚く抱き、彼女らに夢を見せてやっているようだ。一方でシュルークに見せたのは地獄であって、寵愛などとはほど遠い。
シュルークは、マハスティの手をそっと解き、彼女に向き直った。
「マハスティ様、勘違いをなさっているようです」
相手を安心させるときは、なるべく優しく微笑む必要がある。だからシュルークは、薄布で隠されていない口元に気を払って笑みを作った。
「陛下のお考えは私ごときには計り知れませんが、陛下が私を取り立てるおつもりなどございません。仮に私が陛下を誘惑して子を産んだとしても、あなた方と違い私は他の男と接触していないという証明のための監督がされておりません。そのため子供は陛下の御子とは認められず、私が妃として召し上げられることもないのです」
シュルークを含む女官たちは皇宮内を自由に出歩いているので、多くの男と接触する。だから本人がどう言おうと、相手が皇帝一人と証明できないので、子供は私生児扱いだ。皇帝の子は、後宮に一定期間置かれたのちに夜伽をした女が身ごもった子だけである。
「ですから、私はあなた方のお立場を脅かすことはございません」
シュルークとしては、マハスティを安心させるための至極もっともな説明をしたつもりだった。しかしその説明は、後宮の女たちが求めているのは自身の地位や財産であり、皇帝の愛情そのものではないという前提に立っていた。
マハスティのように地位等は二の次で、ファルハードの寵愛を心から求める女の気持ちを、シュルークはまったく理解していなかったのだ。
「そう……。それであなたは、私たちの争いに高みの見物と決め込んで、自分は陛下の愛を享受するつもりなのね」
美しいマハスティの顔が歪む。それは悲哀と、憎悪であった。
「……!」
彼女の広い袖口から現れた光。それは鋭く研がれた短剣だった。
妃を含む女奴隷たちの間には、明らかに緊張が走った。そして後宮の中に漂う空気は、真夏の蒸し暑い夜のように重苦しいものへと化していた。
そんな中、ついにある妃が行動を起こしてしまう。
◆
「驚いたわ……」
妃のマハスティは、シュルークを後宮の私室へ呼び出した。先日便宜を図るよう頼んできた時とは違い、立ち上がってシュルークと相対している。
あの夜、ファルハードは当初予定していた妃からの夜伽を取りやめて、シュルークを抱いた。その予定されていた妃というのがマハスティだ。翌朝はまだ彼女がシュルークが抱かれたことを知らなかったため問題なかったが、知ればこうして呼びつけられることは想像に難くなかった。
室内には、シュルークとマハスティの他、彼女の私設の女奴隷と、宦官が一人いた。このサドリという名の宦官は、シュルークが凌辱を受けた後ぐらいからファルハードの命令でついて回るようになった。今さら監視する必要性があるのか不明だが、シュルークの私室の前まで朝迎えにきて夜見送って帰っていく。口がきけず、耳も聞こえないそうで、かといって何か手伝うかというとそうでもなく、本当についてくるだけの男である。
「まさかあなたが陛下の夜伽の栄誉を賜っていたなんて」
隠しきれない敵意を視線と声音に織り交ぜながら、シュルークの周りをゆっくり歩いていく。
そして背後からシュルークの両肩に触れ、抱き着くように身を寄せてきた。
「陛下はあなたにどんなふうに触れたの?」
肩から腕を、撫でるように彼女の手が滑りおりていく。こんな時でも、どこか官能的な所作をしていると、シュルークは少し感心した。
「お答えする必要性がございますか」
正直に凌辱され苦痛を受けたと話しても、後宮の女たちは信用しないだろう。ファルハードが彼女らに見せる顔は、きまぐれだが会っている時は優しい皇帝だ。だからシュルークは答えなかった。
しかしその挑戦的に受け取れる物言いは、マハスティの怒りを加速させた。彼女がシュルークの腕に置いた手に、僅かに力がこもる。
「いいわ。閨の中でのことは、二人きりの秘密にしたいものよね」
そんな理由ではないが、シュルークはわざわざ訂正しなかった。好きに解釈してくれればいい。
「ねえ、私だけに教えてちょうだい」
背中に密着してきたマハスティの花のような香りが、甘やかな声音と共にシュルークを包んでいく。
「本当は、今回だけではないのでしょう。これまでも、こっそり陛下のお情けをいただいてきたのでしょう」
「いいえ」
「それなら、どうやって今回陛下の寵を賜ったの」
「わかりかねます。それに、寵愛と呼べるものは頂いておりません」
女官長として、ファルハードが女たちを抱いた記録は確認している。ずいぶん手厚く抱き、彼女らに夢を見せてやっているようだ。一方でシュルークに見せたのは地獄であって、寵愛などとはほど遠い。
シュルークは、マハスティの手をそっと解き、彼女に向き直った。
「マハスティ様、勘違いをなさっているようです」
相手を安心させるときは、なるべく優しく微笑む必要がある。だからシュルークは、薄布で隠されていない口元に気を払って笑みを作った。
「陛下のお考えは私ごときには計り知れませんが、陛下が私を取り立てるおつもりなどございません。仮に私が陛下を誘惑して子を産んだとしても、あなた方と違い私は他の男と接触していないという証明のための監督がされておりません。そのため子供は陛下の御子とは認められず、私が妃として召し上げられることもないのです」
シュルークを含む女官たちは皇宮内を自由に出歩いているので、多くの男と接触する。だから本人がどう言おうと、相手が皇帝一人と証明できないので、子供は私生児扱いだ。皇帝の子は、後宮に一定期間置かれたのちに夜伽をした女が身ごもった子だけである。
「ですから、私はあなた方のお立場を脅かすことはございません」
シュルークとしては、マハスティを安心させるための至極もっともな説明をしたつもりだった。しかしその説明は、後宮の女たちが求めているのは自身の地位や財産であり、皇帝の愛情そのものではないという前提に立っていた。
マハスティのように地位等は二の次で、ファルハードの寵愛を心から求める女の気持ちを、シュルークはまったく理解していなかったのだ。
「そう……。それであなたは、私たちの争いに高みの見物と決め込んで、自分は陛下の愛を享受するつもりなのね」
美しいマハスティの顔が歪む。それは悲哀と、憎悪であった。
「……!」
彼女の広い袖口から現れた光。それは鋭く研がれた短剣だった。
0
お気に入りに追加
113
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――



今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる