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07.執着-1
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シュルークがファルハードに抱かれた事実は、後宮の中に時間をかけてゆっくりと広まっていった。
妃を含む女奴隷たちの間には、明らかに緊張が走った。そして後宮の中に漂う空気は、真夏の蒸し暑い夜のように重苦しいものへと化していた。
そんな中、ついにある妃が行動を起こしてしまう。
◆
「驚いたわ……」
妃のマハスティは、シュルークを後宮の私室へ呼び出した。先日便宜を図るよう頼んできた時とは違い、立ち上がってシュルークと相対している。
あの夜、ファルハードは当初予定していた妃からの夜伽を取りやめて、シュルークを抱いた。その予定されていた妃というのがマハスティだ。翌朝はまだ彼女がシュルークが抱かれたことを知らなかったため問題なかったが、知ればこうして呼びつけられることは想像に難くなかった。
室内には、シュルークとマハスティの他、彼女の私設の女奴隷と、宦官が一人いた。このサドリという名の宦官は、シュルークが凌辱を受けた後ぐらいからファルハードの命令でついて回るようになった。今さら監視する必要性があるのか不明だが、シュルークの私室の前まで朝迎えにきて夜見送って帰っていく。口がきけず、耳も聞こえないそうで、かといって何か手伝うかというとそうでもなく、本当についてくるだけの男である。
「まさかあなたが陛下の夜伽の栄誉を賜っていたなんて」
隠しきれない敵意を視線と声音に織り交ぜながら、シュルークの周りをゆっくり歩いていく。
そして背後からシュルークの両肩に触れ、抱き着くように身を寄せてきた。
「陛下はあなたにどんなふうに触れたの?」
肩から腕を、撫でるように彼女の手が滑りおりていく。こんな時でも、どこか官能的な所作をしていると、シュルークは少し感心した。
「お答えする必要性がございますか」
正直に凌辱され苦痛を受けたと話しても、後宮の女たちは信用しないだろう。ファルハードが彼女らに見せる顔は、きまぐれだが会っている時は優しい皇帝だ。だからシュルークは答えなかった。
しかしその挑戦的に受け取れる物言いは、マハスティの怒りを加速させた。彼女がシュルークの腕に置いた手に、僅かに力がこもる。
「いいわ。閨の中でのことは、二人きりの秘密にしたいものよね」
そんな理由ではないが、シュルークはわざわざ訂正しなかった。好きに解釈してくれればいい。
「ねえ、私だけに教えてちょうだい」
背中に密着してきたマハスティの花のような香りが、甘やかな声音と共にシュルークを包んでいく。
「本当は、今回だけではないのでしょう。これまでも、こっそり陛下のお情けをいただいてきたのでしょう」
「いいえ」
「それなら、どうやって今回陛下の寵を賜ったの」
「わかりかねます。それに、寵愛と呼べるものは頂いておりません」
女官長として、ファルハードが女たちを抱いた記録は確認している。ずいぶん手厚く抱き、彼女らに夢を見せてやっているようだ。一方でシュルークに見せたのは地獄であって、寵愛などとはほど遠い。
シュルークは、マハスティの手をそっと解き、彼女に向き直った。
「マハスティ様、勘違いをなさっているようです」
相手を安心させるときは、なるべく優しく微笑む必要がある。だからシュルークは、薄布で隠されていない口元に気を払って笑みを作った。
「陛下のお考えは私ごときには計り知れませんが、陛下が私を取り立てるおつもりなどございません。仮に私が陛下を誘惑して子を産んだとしても、あなた方と違い私は他の男と接触していないという証明のための監督がされておりません。そのため子供は陛下の御子とは認められず、私が妃として召し上げられることもないのです」
シュルークを含む女官たちは皇宮内を自由に出歩いているので、多くの男と接触する。だから本人がどう言おうと、相手が皇帝一人と証明できないので、子供は私生児扱いだ。皇帝の子は、後宮に一定期間置かれたのちに夜伽をした女が身ごもった子だけである。
「ですから、私はあなた方のお立場を脅かすことはございません」
シュルークとしては、マハスティを安心させるための至極もっともな説明をしたつもりだった。しかしその説明は、後宮の女たちが求めているのは自身の地位や財産であり、皇帝の愛情そのものではないという前提に立っていた。
マハスティのように地位等は二の次で、ファルハードの寵愛を心から求める女の気持ちを、シュルークはまったく理解していなかったのだ。
「そう……。それであなたは、私たちの争いに高みの見物と決め込んで、自分は陛下の愛を享受するつもりなのね」
美しいマハスティの顔が歪む。それは悲哀と、憎悪であった。
「……!」
彼女の広い袖口から現れた光。それは鋭く研がれた短剣だった。
妃を含む女奴隷たちの間には、明らかに緊張が走った。そして後宮の中に漂う空気は、真夏の蒸し暑い夜のように重苦しいものへと化していた。
そんな中、ついにある妃が行動を起こしてしまう。
◆
「驚いたわ……」
妃のマハスティは、シュルークを後宮の私室へ呼び出した。先日便宜を図るよう頼んできた時とは違い、立ち上がってシュルークと相対している。
あの夜、ファルハードは当初予定していた妃からの夜伽を取りやめて、シュルークを抱いた。その予定されていた妃というのがマハスティだ。翌朝はまだ彼女がシュルークが抱かれたことを知らなかったため問題なかったが、知ればこうして呼びつけられることは想像に難くなかった。
室内には、シュルークとマハスティの他、彼女の私設の女奴隷と、宦官が一人いた。このサドリという名の宦官は、シュルークが凌辱を受けた後ぐらいからファルハードの命令でついて回るようになった。今さら監視する必要性があるのか不明だが、シュルークの私室の前まで朝迎えにきて夜見送って帰っていく。口がきけず、耳も聞こえないそうで、かといって何か手伝うかというとそうでもなく、本当についてくるだけの男である。
「まさかあなたが陛下の夜伽の栄誉を賜っていたなんて」
隠しきれない敵意を視線と声音に織り交ぜながら、シュルークの周りをゆっくり歩いていく。
そして背後からシュルークの両肩に触れ、抱き着くように身を寄せてきた。
「陛下はあなたにどんなふうに触れたの?」
肩から腕を、撫でるように彼女の手が滑りおりていく。こんな時でも、どこか官能的な所作をしていると、シュルークは少し感心した。
「お答えする必要性がございますか」
正直に凌辱され苦痛を受けたと話しても、後宮の女たちは信用しないだろう。ファルハードが彼女らに見せる顔は、きまぐれだが会っている時は優しい皇帝だ。だからシュルークは答えなかった。
しかしその挑戦的に受け取れる物言いは、マハスティの怒りを加速させた。彼女がシュルークの腕に置いた手に、僅かに力がこもる。
「いいわ。閨の中でのことは、二人きりの秘密にしたいものよね」
そんな理由ではないが、シュルークはわざわざ訂正しなかった。好きに解釈してくれればいい。
「ねえ、私だけに教えてちょうだい」
背中に密着してきたマハスティの花のような香りが、甘やかな声音と共にシュルークを包んでいく。
「本当は、今回だけではないのでしょう。これまでも、こっそり陛下のお情けをいただいてきたのでしょう」
「いいえ」
「それなら、どうやって今回陛下の寵を賜ったの」
「わかりかねます。それに、寵愛と呼べるものは頂いておりません」
女官長として、ファルハードが女たちを抱いた記録は確認している。ずいぶん手厚く抱き、彼女らに夢を見せてやっているようだ。一方でシュルークに見せたのは地獄であって、寵愛などとはほど遠い。
シュルークは、マハスティの手をそっと解き、彼女に向き直った。
「マハスティ様、勘違いをなさっているようです」
相手を安心させるときは、なるべく優しく微笑む必要がある。だからシュルークは、薄布で隠されていない口元に気を払って笑みを作った。
「陛下のお考えは私ごときには計り知れませんが、陛下が私を取り立てるおつもりなどございません。仮に私が陛下を誘惑して子を産んだとしても、あなた方と違い私は他の男と接触していないという証明のための監督がされておりません。そのため子供は陛下の御子とは認められず、私が妃として召し上げられることもないのです」
シュルークを含む女官たちは皇宮内を自由に出歩いているので、多くの男と接触する。だから本人がどう言おうと、相手が皇帝一人と証明できないので、子供は私生児扱いだ。皇帝の子は、後宮に一定期間置かれたのちに夜伽をした女が身ごもった子だけである。
「ですから、私はあなた方のお立場を脅かすことはございません」
シュルークとしては、マハスティを安心させるための至極もっともな説明をしたつもりだった。しかしその説明は、後宮の女たちが求めているのは自身の地位や財産であり、皇帝の愛情そのものではないという前提に立っていた。
マハスティのように地位等は二の次で、ファルハードの寵愛を心から求める女の気持ちを、シュルークはまったく理解していなかったのだ。
「そう……。それであなたは、私たちの争いに高みの見物と決め込んで、自分は陛下の愛を享受するつもりなのね」
美しいマハスティの顔が歪む。それは悲哀と、憎悪であった。
「……!」
彼女の広い袖口から現れた光。それは鋭く研がれた短剣だった。
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