【R-18】【完結】皇帝と犬

雲走もそそ

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06.最後の手段-1

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 その夜、ファルハードは予定していた妃からの夜伽を取りやめた。侍従から他の女官、そして妃本人に伝えられたそうで、シュルークはファルハードからの呼び出しと同時にそれらの事実を聞いた。
 皇帝が一度決めていた夜伽を中止することなど珍しい。何かあったのかと侍従に尋ねたが、彼も理由は知らず、ファルハードの指示通りに動いているだけだと語った。
 今夜予定されていた妃は、シュルークに賄賂で便宜を頼もうとしてきたマハスティだ。明日にはシュルークが呼びつけられて、彼女を宥めるために時間を取られるだろう。そうなると他の予定はどうするか、とシュルークは侍従と二人で廊下を歩きながら、翌日の予定を頭の中で組み直した。

 ファルハードが待っているのは第一宮殿の寝室だった。扉の前には見知った顔の近衛兵が二人立っている。
 近衛兵が扉を開けて入室を促したので、侍従が先に入ろうとすると手で制された。

「陛下は女官長だけをお召しになりました」

 侍従が怪訝な顔で、後ろのシュルークを振り返る。普段は、たとえ全裸で犬の真似をさせられている時であろうと、侍従が最低一人は寝室内の続きの間に控えている。近衛兵の口ぶりからして、中に他の侍従がいるというわけでもなさそうだ。
 しかしファルハードの命令であれば誰も逆らわない。侍従は下がり、代わってシュルークが単独で寝室へ入った。
 室内へ足を踏み入れると、シュルークは甘い香りにむせそうになった。部屋の隅の香炉から立ちのぼる煙が、いつもより濃く感じる。

「陛下、お呼びでしょうか」

 寝台の縁に腰かけて待っていたファルハードは、最初から真っ直ぐにシュルークを見つめていた。
 珍しいことだ。帽子に下げた薄布越しであっても、彼がシュルークの顔へ目を向けるのは、犬の時以外は稀である。

 シュルークは、思えば先日この寝室で犬として足を舐めた後から、彼の様子が少しおかしかったと気がついた。
 弱みを見せないファルハードの溜息に始まり、その後機会はあったのに犬扱いが止んでいた。飽きたと期待できるほど長い日数でもなかったので偶然だろうと考えていたシュルークだが、今夜の彼の様子を受けて、振り返れば不自然だったと思い直す。

 ただ見つめてくる主君の前に立ち、言葉を待つ。
 薄布の中から相手を探っていると、ようやくファルハードが口を開いた。

「服を脱いで、寝台へ上がれ」
「は……」

 はい、と返事をしかけて、シュルークは強い違和感を覚えた。
 服を脱ぐのは犬になるためのいつもの準備だ。しかし、この寝室で寝台へ上がれと言われたことはない。犬を寝台に上げたりはしないからだ。
 それに、寝台へ勝手に上がってしまう犬の真似でもさせたいのなら、裸にして、先に首輪をつけるはずだ。首輪を嵌めてからが、犬の始まりだから。

 普段、首輪を静かに運んでくる侍従は、寝室にいない。
 シュルークの杖を持つ手に、無意識に力がこもる。甘すぎる香のせいか、息苦しい。
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