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05.空虚-1
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ある夜、シュルークは呼びつけられて第一宮殿にあるファルハードの寝室にいた。
天蓋つきの寝台に腰かけるファルハードの、その足元へ跪いている。ファルハードの寝間着姿に対して、シュルークは全裸で、その首には紐のついていない例の革の首輪が嵌められていた。
今のシュルークはまた犬だ。
脚を組んで座っているため浮いている、ファルハードの右の素足を、直接舌で舐めていた。手は主人の足を支えることはせず、犬らしく両膝と共に絨毯につけている。
「真剣にやれ」
不機嫌そうな叱咤が頭上から降ってきて、シュルークは視線を上げてファルハードを見た。いつも通りの、眉間にしわを寄せた冷たい眼差し。寝室で全裸の女を前にしても、彼に欲情の色はなかった。これまでと何も変わらない。
ファルハードが自身を性的対象と思っていないことは、シュルークにもわかっている。当初は、裸を晒した時に視線を逸らしていたが、やがて見慣れて何も反応しなくなった。雌犬が裸だからといって性的に感じる人間はいない。
ひとまずファルハードのつま先を舐めてみていたシュルークだが、それは気に入らなかったようだ。腱の浮き出た彼の足の甲へ視線を戻し、やり方を変えることにした。
太い親指を口に含み、唾液を絡め、音をたててしゃぶってみる。指の股にも舌を捻じ込んで、丹念に舐めた。
床に直接置かれたものを食べさせられたこともあって、その時特段体調に異変はなかったため、衛生面での抵抗感はなかった。彼が夕方に入浴していて、あまり体臭等を感じないこともあるだろう。
「違う。犬らしく舐めろ」
下品な舐め方はお気に召さなかったらしい。ファルハードの声には苛立ちが混じっていた。
シュルークは無言で動きを止める。犬は基本的に返事をしないので、鳴かなくても叱られることはない。
それはさておき、犬らしさに欠けているという指摘にシュルークは納得した。犬の口は噛んだり飲み込んだりはするが、しゃぶるような動きはしないはずだ。舌で舐めるだけにとどめるべきである。
反省を活かして、今度はまだ舐めていなかった足の裏に舌を這わせてみる。口内の方が体温が高く、足の裏の皮膚はぬるく感じた。
これでどうだろうかと主人を見上げると、ファルハードの表情は芳しくない。
「もういい」
足をシュルークの口から引いたファルハードは、手を伸ばし、首輪を外した。終了の合図である。どうやらシュルークは、飼い主の期待に応えられない駄犬のようだ。しかしそれに不甲斐なさを感じるほど、熱心に犬をやっているわけでもない。
シュルークは四つん這いの姿勢から座り直し、用意していた濡れた布で唾液まみれのファルハードの足を拭った。その後、近くに捨て置いてあった杖を拾い、自分の服を着て帽子をかぶり直す。
「他にご用はございますか」
女官長に戻ったシュルークは、ファルハードの前に改めて立ち用事はないか尋ねるが、もう彼はこちらも見ずに煩わしげに手を振るだけだった。出ていけということらしい。
手を振った際に、普段は布の手甲で隠している、失われた左の小指の傷痕が見える。シュルークはそれを少しだけ目で追ったが、すぐに頭を下げた。
「では、失礼いたします」
踵を返し、杖で補助しながら部屋の出入り口まで歩いていく。扉を開けた時、背後から、聞き間違いか悩むほど微かに溜息が聞こえた。
それを無視して、シュルークはファルハードの寝室を後にした。
天蓋つきの寝台に腰かけるファルハードの、その足元へ跪いている。ファルハードの寝間着姿に対して、シュルークは全裸で、その首には紐のついていない例の革の首輪が嵌められていた。
今のシュルークはまた犬だ。
脚を組んで座っているため浮いている、ファルハードの右の素足を、直接舌で舐めていた。手は主人の足を支えることはせず、犬らしく両膝と共に絨毯につけている。
「真剣にやれ」
不機嫌そうな叱咤が頭上から降ってきて、シュルークは視線を上げてファルハードを見た。いつも通りの、眉間にしわを寄せた冷たい眼差し。寝室で全裸の女を前にしても、彼に欲情の色はなかった。これまでと何も変わらない。
ファルハードが自身を性的対象と思っていないことは、シュルークにもわかっている。当初は、裸を晒した時に視線を逸らしていたが、やがて見慣れて何も反応しなくなった。雌犬が裸だからといって性的に感じる人間はいない。
ひとまずファルハードのつま先を舐めてみていたシュルークだが、それは気に入らなかったようだ。腱の浮き出た彼の足の甲へ視線を戻し、やり方を変えることにした。
太い親指を口に含み、唾液を絡め、音をたててしゃぶってみる。指の股にも舌を捻じ込んで、丹念に舐めた。
床に直接置かれたものを食べさせられたこともあって、その時特段体調に異変はなかったため、衛生面での抵抗感はなかった。彼が夕方に入浴していて、あまり体臭等を感じないこともあるだろう。
「違う。犬らしく舐めろ」
下品な舐め方はお気に召さなかったらしい。ファルハードの声には苛立ちが混じっていた。
シュルークは無言で動きを止める。犬は基本的に返事をしないので、鳴かなくても叱られることはない。
それはさておき、犬らしさに欠けているという指摘にシュルークは納得した。犬の口は噛んだり飲み込んだりはするが、しゃぶるような動きはしないはずだ。舌で舐めるだけにとどめるべきである。
反省を活かして、今度はまだ舐めていなかった足の裏に舌を這わせてみる。口内の方が体温が高く、足の裏の皮膚はぬるく感じた。
これでどうだろうかと主人を見上げると、ファルハードの表情は芳しくない。
「もういい」
足をシュルークの口から引いたファルハードは、手を伸ばし、首輪を外した。終了の合図である。どうやらシュルークは、飼い主の期待に応えられない駄犬のようだ。しかしそれに不甲斐なさを感じるほど、熱心に犬をやっているわけでもない。
シュルークは四つん這いの姿勢から座り直し、用意していた濡れた布で唾液まみれのファルハードの足を拭った。その後、近くに捨て置いてあった杖を拾い、自分の服を着て帽子をかぶり直す。
「他にご用はございますか」
女官長に戻ったシュルークは、ファルハードの前に改めて立ち用事はないか尋ねるが、もう彼はこちらも見ずに煩わしげに手を振るだけだった。出ていけということらしい。
手を振った際に、普段は布の手甲で隠している、失われた左の小指の傷痕が見える。シュルークはそれを少しだけ目で追ったが、すぐに頭を下げた。
「では、失礼いたします」
踵を返し、杖で補助しながら部屋の出入り口まで歩いていく。扉を開けた時、背後から、聞き間違いか悩むほど微かに溜息が聞こえた。
それを無視して、シュルークはファルハードの寝室を後にした。
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