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04.報復-3
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シュルークの奇妙で抑圧された境遇を知った若い女官のラーメシュは、執務室へ一緒に行った仲間たちと後宮の廊下の花瓶の花を変えながら、その話をしていた。
「どういうことなのかしら。外出の許可が下りないって……」
「おかしな話よね……」
ラーメシュたちはまだ若く、勤務歴が比較的短い。後宮で働き始めた時、既にシュルークは女官長の職に就いていたため、彼女がどのような経緯で今の境遇にあるのか知らない。少し不思議な人、ぐらいにしか思っていなかった。
気の緩みが仕事中の私語をもたらし、その場に第三者がいることに気づかせてくれなかった。
「――教えてあげましょうか?」
甘い女の声に、三人の女官たちは動きを止めた。
廊下の柱の陰から姿を見せたのは、妃のアサルだった。皇帝と同じく二十代半ばで、そのぐらいの年齢ということは後宮の女奴隷の中では古参に当たる。食えない人物であると、先輩の女官たちから度々聞かされていた。
「ア、アサル様。失礼いたしました……」
後宮で女官たちの私語が許されるのは、執務室や宿舎などの裏方だけである。しかし、小さくなる女官たちに対し、アサルは気にした様子もなく、勝手に話し始めた。
「女官長の皇宮からの外出許可が下りないのは、逃がさないため。あの女が『罪人』だからよ」
その言葉に、ラーメシュたちは息を呑む。シュルークは犯罪という、欲や過ちとは無縁そうな人間と思われていた。
「帝国の西南に一つ国があったことは、当時まだ子供だったあなたたちも流石に覚えているでしょう? まだ陛下が即位なさる前のことよ――」
アサルにより語られた、皇宮で密やかに伝えられる秘密。
当時まだ皇子の一人だったファルハードは、交戦状態にあった西南の王国の卑劣な罠にかかり捕縛された。敵国は彼の左手の小指を切り取って帝国へ送りつけ、兵の撤退など交渉を有利に運ぼうと企んだ。
ところが、息子の小指を目の当たりにしても、皇帝は兵を引かなかった。むしろ苛烈に攻めたという。本物の可能性が高いと認識しながらである。だが幸いにも、しばらくしてファルハードは救出された。
利用できなかったのに彼が生かされていたのは、脅しに屈しない大国の想定外の攻勢に慌て、捨て置かれていたというのが実情らしい。しかしながら、捕虜となっていた間は指を一本切られただけにとどまらず、劣悪な環境に置かれ虐げられていたそうだ。
帰還したファルハードはその雪辱を果たすべく、すぐに指揮を取って敵国の王都へ攻め入り、自身を捕らえていた敵国の将軍を虜囚にしたのち惨たらしく処刑した。
そしてシュルークは、件の将軍の娘であった。
ファルハードが監禁されていたのは将軍の私邸だったことから、シュルークも彼への捕虜虐待に加担していたのではないかと疑われている。
彼女の過去についてファルハードは多くを語らないが、ある時問われてこう零したそうだ。
――人を人とも思わぬ悪辣な女だった。
本来なら処刑か、奴隷に落とされる立場の人間だ。
「わかったでしょう? だからあの女は、『罪人』なのよ。けれど、陛下はどうしてそのような女を取り立てておられるのかしらね……」
最後の疑問は、どちらかといえば不満の類いの声音であった。
「どういうことなのかしら。外出の許可が下りないって……」
「おかしな話よね……」
ラーメシュたちはまだ若く、勤務歴が比較的短い。後宮で働き始めた時、既にシュルークは女官長の職に就いていたため、彼女がどのような経緯で今の境遇にあるのか知らない。少し不思議な人、ぐらいにしか思っていなかった。
気の緩みが仕事中の私語をもたらし、その場に第三者がいることに気づかせてくれなかった。
「――教えてあげましょうか?」
甘い女の声に、三人の女官たちは動きを止めた。
廊下の柱の陰から姿を見せたのは、妃のアサルだった。皇帝と同じく二十代半ばで、そのぐらいの年齢ということは後宮の女奴隷の中では古参に当たる。食えない人物であると、先輩の女官たちから度々聞かされていた。
「ア、アサル様。失礼いたしました……」
後宮で女官たちの私語が許されるのは、執務室や宿舎などの裏方だけである。しかし、小さくなる女官たちに対し、アサルは気にした様子もなく、勝手に話し始めた。
「女官長の皇宮からの外出許可が下りないのは、逃がさないため。あの女が『罪人』だからよ」
その言葉に、ラーメシュたちは息を呑む。シュルークは犯罪という、欲や過ちとは無縁そうな人間と思われていた。
「帝国の西南に一つ国があったことは、当時まだ子供だったあなたたちも流石に覚えているでしょう? まだ陛下が即位なさる前のことよ――」
アサルにより語られた、皇宮で密やかに伝えられる秘密。
当時まだ皇子の一人だったファルハードは、交戦状態にあった西南の王国の卑劣な罠にかかり捕縛された。敵国は彼の左手の小指を切り取って帝国へ送りつけ、兵の撤退など交渉を有利に運ぼうと企んだ。
ところが、息子の小指を目の当たりにしても、皇帝は兵を引かなかった。むしろ苛烈に攻めたという。本物の可能性が高いと認識しながらである。だが幸いにも、しばらくしてファルハードは救出された。
利用できなかったのに彼が生かされていたのは、脅しに屈しない大国の想定外の攻勢に慌て、捨て置かれていたというのが実情らしい。しかしながら、捕虜となっていた間は指を一本切られただけにとどまらず、劣悪な環境に置かれ虐げられていたそうだ。
帰還したファルハードはその雪辱を果たすべく、すぐに指揮を取って敵国の王都へ攻め入り、自身を捕らえていた敵国の将軍を虜囚にしたのち惨たらしく処刑した。
そしてシュルークは、件の将軍の娘であった。
ファルハードが監禁されていたのは将軍の私邸だったことから、シュルークも彼への捕虜虐待に加担していたのではないかと疑われている。
彼女の過去についてファルハードは多くを語らないが、ある時問われてこう零したそうだ。
――人を人とも思わぬ悪辣な女だった。
本来なら処刑か、奴隷に落とされる立場の人間だ。
「わかったでしょう? だからあの女は、『罪人』なのよ。けれど、陛下はどうしてそのような女を取り立てておられるのかしらね……」
最後の疑問は、どちらかといえば不満の類いの声音であった。
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