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04.報復-2
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『あの散歩も』ということは、あれ以外にも何かが起きているということ。彼の主君が、人払いをしなくてはならない残酷な仕打ちを、足の悪い客観的な弱者である女官長に度々働いているということ。
散歩が初回ではない点については、あまりに慣れきったそれぞれの動きで最初から悟っていたようだが、自分の想像を超えた何かが起きていると理解したようだ。
「何か、惨いことが起きていると感じておられるのでしょう。ですが、キアー様がそのようにお感じになる必要はありません」
しかしシュルークは、キアーが事情を知ってもファルハードへの忠誠を揺らがせる必要などないと考えていた。
ファルハードはあの行為を楽しんだり、それで気晴らしをしたりする異常者ではない。
シュルークの方も楽しくはないが、妃たちに呼びつけられる程度の手間としか感じていない。自身の身分や職位に照らしてもあり得ない扱いだし、一般的に見て虐げられている状況だが、感覚としては許容可能な範囲なのだ。
つまりシュルークが相手で本人がさして困っていないからこそ、結果としてこれらは大した出来事ではない。彼女は本気でそう思っていた。
「しかし、普段は私たち下々の体調にすら配慮してくださる方で――!」
残念ながら、シュルークの説明ではキアーは納得しなかったようだ。抑えていた声が徐々に大きくなってくる。
密かに話をしたかったのはキアーの方だ。シュルークが彼の口元へ手を伸ばすと、気づいたようで言葉を切った。
その隙に、シュルークはまた事実を伝えることにした。ファルハードが他の配下の体調は気遣うのに、シュルークの動きづらい右足には配慮しない理由を。
「この足は、陛下が腱を断たれました」
「な……」
悩みながらも、ファルハードの正しさを探していたはずのキアーの表情が、凍りつく。
「陛下がそうなさったのですから、それを御自ら心配なさる道理はございません」
自ら害した人間を心配するはずはない。何らかの事由で不調の配下を気遣うこととは矛盾しない。
シュルークは中途半端に上げたままだった手を伸ばし、キアーの口元を手のひらでそっと覆った。
「陛下はあなた方近衛兵の口の堅さも見込んで取り立ててくださっています。今日のことは口外しない方が賢明です。……では」
もう何年も前、キアーと同じように初めて『散歩』を目の当たりにした近衛兵が、何か言いたげな顔をして、翌日には姿を消した。近衛を外されただけで済んだようだったが、余計なことをしてまた未来ある若者が道を逸れるのは忍びない。
黙り込んだ彼を置いて、長い杖で右足を庇いながら、シュルークは廊下へ戻る。
こつ、こつ、と木で石を叩く音ばかりが響き、あの若い近衛兵の足音が後ろから追いかけてくることはなかった。
散歩が初回ではない点については、あまりに慣れきったそれぞれの動きで最初から悟っていたようだが、自分の想像を超えた何かが起きていると理解したようだ。
「何か、惨いことが起きていると感じておられるのでしょう。ですが、キアー様がそのようにお感じになる必要はありません」
しかしシュルークは、キアーが事情を知ってもファルハードへの忠誠を揺らがせる必要などないと考えていた。
ファルハードはあの行為を楽しんだり、それで気晴らしをしたりする異常者ではない。
シュルークの方も楽しくはないが、妃たちに呼びつけられる程度の手間としか感じていない。自身の身分や職位に照らしてもあり得ない扱いだし、一般的に見て虐げられている状況だが、感覚としては許容可能な範囲なのだ。
つまりシュルークが相手で本人がさして困っていないからこそ、結果としてこれらは大した出来事ではない。彼女は本気でそう思っていた。
「しかし、普段は私たち下々の体調にすら配慮してくださる方で――!」
残念ながら、シュルークの説明ではキアーは納得しなかったようだ。抑えていた声が徐々に大きくなってくる。
密かに話をしたかったのはキアーの方だ。シュルークが彼の口元へ手を伸ばすと、気づいたようで言葉を切った。
その隙に、シュルークはまた事実を伝えることにした。ファルハードが他の配下の体調は気遣うのに、シュルークの動きづらい右足には配慮しない理由を。
「この足は、陛下が腱を断たれました」
「な……」
悩みながらも、ファルハードの正しさを探していたはずのキアーの表情が、凍りつく。
「陛下がそうなさったのですから、それを御自ら心配なさる道理はございません」
自ら害した人間を心配するはずはない。何らかの事由で不調の配下を気遣うこととは矛盾しない。
シュルークは中途半端に上げたままだった手を伸ばし、キアーの口元を手のひらでそっと覆った。
「陛下はあなた方近衛兵の口の堅さも見込んで取り立ててくださっています。今日のことは口外しない方が賢明です。……では」
もう何年も前、キアーと同じように初めて『散歩』を目の当たりにした近衛兵が、何か言いたげな顔をして、翌日には姿を消した。近衛を外されただけで済んだようだったが、余計なことをしてまた未来ある若者が道を逸れるのは忍びない。
黙り込んだ彼を置いて、長い杖で右足を庇いながら、シュルークは廊下へ戻る。
こつ、こつ、と木で石を叩く音ばかりが響き、あの若い近衛兵の足音が後ろから追いかけてくることはなかった。
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