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03.女官長-1
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その日、女官長シュルークは、妃の一人であるマハスティの部屋に呼び出されていた。
後宮の女奴隷は全員皇帝の手つきになる可能性のある女である。その中で、一時でもファルハードの寵愛を得た者は、たとえ子を孕まなかったとしても、妃と呼ばれて奴隷より好待遇を受けられるようになる。その待遇の最たるものが、後宮内に与えられる居室だ。
「今日はお願いがあるの」
窓際に置かれた、ソファとしてや昼寝のために使われる背もたれのあるベッドに座っているのが、マハスティだ。二年前に格上げされて妃となった、亜麻色の髪の美しい女性である。乳母に預けているので現在室内にはいないが、女児を一人産んでいる。
「お伺いいたします」
クッションにもたれかかり、気だるげながらどこか優美さを保つマハスティに、シュルークは静かに背筋を伸ばし立って応対する。
何か用があれば、通常は本人または彼女の私的に買った奴隷から、女官を介して伝えられるはずだ。普段のマハスティはそうしている。だから、こうして直接呼び出されたということは、何か特別な用事があると推測された。
「その前に、顔を見せてくれないかしら。素顔で話した方が、きっと親密になれるでしょう?」
「承知いたしました」
女官の仕事は後宮の管理である。そのためであれば妃を含む女奴隷たちよりも権限は大きいが、基本的には彼女らに機嫌よく、摩擦や問題を起こさずに過ごしてもらうことも仕事だ。大した頼みでなければ言いなりになる場合が多い。
シュルークは言われた通りに、帽子の縁から下がっていた薄布を上げて留め、素顔でマハスティと向き合った。
「そんな顔をしているのね」
マハスティに顔を見せるのは初めてのことだ。
大きく丸い目を少し細め、マハスティはくすくすと笑い声を零した。好意的に受け取れる笑い方ではないし、彼女ら女奴隷は見目の良さを買われてこの後宮に召し上げられるため、たしかにシュルークより美しい顔をしている。特にマハスティはその美貌に絶対的な自信があり、何かと他人を見下すきらいがあった。
「はい。それで、いかなるご用でしょうか」
分かりやすく小馬鹿にされても、シュルークは眉一つ動かさず、いつも通り笑っているのかすらわからないほど微かに口角を上げたまま受け答えした。事実、マハスティの嘲笑は理解していても、それに何も感じていない。
一方のマハスティの方も、目下の者に対してのそのような振る舞いは日常茶飯事で、ほとんど無意識にやっていた。そういうわけで、そもそも何かしているつもりがないので、受け流されても気づかない。
おかげで波風立つことなく、マハスティは前置きに入った。
「最近、陛下は新入りにばかり目をかけておられるように感じるわ。陛下はお優しい方だからお気持ちはよく分かるけれど、でも前回私を寝所に侍らせてくださったのは半月も前よ。昼間に娘の顔を見に来られるばかり。不公平だと思わなくて?」
「左様でございますか」
女奴隷の総数から考えれば、半月に一度皇帝に呼ばれるだけでも十分頻度は高いといえたが、マハスティは自分より可愛がられている女が存在すれば気に食わないのだろう。
それを聞いたシュルークが察して提案をしないことも、同情的な言葉をかけないことも不満なようで、マハスティは苛立たしげに嘆息した。だがすぐに収め本題を提示する。
「だから、陛下が私を選んでくださるように配慮をしてほしいの。もちろんあなたも幸せになれるわ」
マハスティが片手を上げて合図すると、私設の女奴隷が立派な宝石箱を持ってきて、シュルークに向けて蓋を開く。その中には、大粒の翠玉を中心にした豪奢な首飾りが鎮座していた。
「私がまた陛下の一番に戻ったら、もっと素敵な宝石をあげるわ」
つまり、賄賂である。
後宮の女奴隷は全員皇帝の手つきになる可能性のある女である。その中で、一時でもファルハードの寵愛を得た者は、たとえ子を孕まなかったとしても、妃と呼ばれて奴隷より好待遇を受けられるようになる。その待遇の最たるものが、後宮内に与えられる居室だ。
「今日はお願いがあるの」
窓際に置かれた、ソファとしてや昼寝のために使われる背もたれのあるベッドに座っているのが、マハスティだ。二年前に格上げされて妃となった、亜麻色の髪の美しい女性である。乳母に預けているので現在室内にはいないが、女児を一人産んでいる。
「お伺いいたします」
クッションにもたれかかり、気だるげながらどこか優美さを保つマハスティに、シュルークは静かに背筋を伸ばし立って応対する。
何か用があれば、通常は本人または彼女の私的に買った奴隷から、女官を介して伝えられるはずだ。普段のマハスティはそうしている。だから、こうして直接呼び出されたということは、何か特別な用事があると推測された。
「その前に、顔を見せてくれないかしら。素顔で話した方が、きっと親密になれるでしょう?」
「承知いたしました」
女官の仕事は後宮の管理である。そのためであれば妃を含む女奴隷たちよりも権限は大きいが、基本的には彼女らに機嫌よく、摩擦や問題を起こさずに過ごしてもらうことも仕事だ。大した頼みでなければ言いなりになる場合が多い。
シュルークは言われた通りに、帽子の縁から下がっていた薄布を上げて留め、素顔でマハスティと向き合った。
「そんな顔をしているのね」
マハスティに顔を見せるのは初めてのことだ。
大きく丸い目を少し細め、マハスティはくすくすと笑い声を零した。好意的に受け取れる笑い方ではないし、彼女ら女奴隷は見目の良さを買われてこの後宮に召し上げられるため、たしかにシュルークより美しい顔をしている。特にマハスティはその美貌に絶対的な自信があり、何かと他人を見下すきらいがあった。
「はい。それで、いかなるご用でしょうか」
分かりやすく小馬鹿にされても、シュルークは眉一つ動かさず、いつも通り笑っているのかすらわからないほど微かに口角を上げたまま受け答えした。事実、マハスティの嘲笑は理解していても、それに何も感じていない。
一方のマハスティの方も、目下の者に対してのそのような振る舞いは日常茶飯事で、ほとんど無意識にやっていた。そういうわけで、そもそも何かしているつもりがないので、受け流されても気づかない。
おかげで波風立つことなく、マハスティは前置きに入った。
「最近、陛下は新入りにばかり目をかけておられるように感じるわ。陛下はお優しい方だからお気持ちはよく分かるけれど、でも前回私を寝所に侍らせてくださったのは半月も前よ。昼間に娘の顔を見に来られるばかり。不公平だと思わなくて?」
「左様でございますか」
女奴隷の総数から考えれば、半月に一度皇帝に呼ばれるだけでも十分頻度は高いといえたが、マハスティは自分より可愛がられている女が存在すれば気に食わないのだろう。
それを聞いたシュルークが察して提案をしないことも、同情的な言葉をかけないことも不満なようで、マハスティは苛立たしげに嘆息した。だがすぐに収め本題を提示する。
「だから、陛下が私を選んでくださるように配慮をしてほしいの。もちろんあなたも幸せになれるわ」
マハスティが片手を上げて合図すると、私設の女奴隷が立派な宝石箱を持ってきて、シュルークに向けて蓋を開く。その中には、大粒の翠玉を中心にした豪奢な首飾りが鎮座していた。
「私がまた陛下の一番に戻ったら、もっと素敵な宝石をあげるわ」
つまり、賄賂である。
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